第十三話 美少女剣士は手加減を知らないこと

文字数 1,381文字

(腕を上げたな……)
 それが将夜の率直な感想だった。
 打ち込みそのものは軽い。
 ただ――
(はや)い)
 右に左に(たい)を入れ換え、連続して小手を打ってくる。思わず下がると、間髪を入れず、跳び上がるようにして上段から打ち込んでくる。それを竹刀を上げて受けると、相手はぱっと離れて竹刀が届く範囲の外へ出てしまう。
 しかし、将夜はあえて追い回しはせず、静かに正眼(せいがん)に構えを戻した。
 この士道館道場に入り浸っていた頃は、
〈将夜の眠り正眼〉
 と言えば、他流の者にまで聞こえた必殺の構えである。
 将夜に、剣先をすっと目の位置に固定されると、まるで見えない鎖が伸びたかのように、相手はその場に釘付けになってしまう。あっと思った時は、止水(しすい)が奔流と化して(ほとばし)ったかの如く、火を吹くような一撃を既に喰らった後なのだ。
 相手の動きの止まる様子が、まるで眠っているように見えるので、誰言うともなくその呼び名ができた。
 しかし、今立ち会っている相手は、そうした将夜の技を熟知している。
 勝機は速攻のうちにあり、とばかり目まぐるしく動き続け、なかなか間合いを詰めてこない。
「きえーっ」
 頭のてっぺんから抜けるような気合が耳を刺す。
 そんな動きと声に、ついに将夜は()れたように切っ先を跳ね上げた。
 切っ先を上げたことで、腋に僅かな隙が生じる。
 相手が待っていたのは、正にその隙だったのだ。
 竹刀が鶺鴒(せきれい)の尾のように僅かに横に流れたかと思うと、風の吹き過ぎるように将夜の傍らを掠める。
 電光の抜き胴だった。
 刹那。
 飛び違うように将夜と相手の位置が入れ替わっている。
 焦れたように見せかけて、実は将夜の誘いだったのだ。
 飛び違いざま、将夜の竹刀が相手の竹刀を叩き落す――
 筈だった。
(くっ……!)
 芳香。
 互いの身体が交差する瞬間、強烈な香りに包まれ、将夜は頭の芯が痺れるのを覚えた。
 将夜の竹刀が空を切る。
 くるりと半回転した相手の竹刀が、一気に迫ってきた。
 避けなければならないのはわかっている。だが、まるで脳内が沸き立つようで、手足の震えを抑えるのが精一杯なのだ。
 まともに、突きを喰らった。
 胸当てはしていたが、それでもかなりの衝撃に、将夜は思わず蹈鞴(たたら)を踏む。
 その時、敵の姿が華麗に宙に舞った。
「おりゃぁあ!」 
 空中から落下する勢いを利用して放たれた一撃が、将夜の脳天を叩き割らんばかりに炸裂したのである。

 ばしぃッ、

 すさまじい音が道場の壁板に反響する。
 わっと歓声が上がった。
 道場の回りに正座し、二人の勝負を固唾(かたず)を呑んで見守っていた子供たちからである。
「さすがうちのお師匠様! かっこいい!」
「あのお侍さん、背は高いけど、弱いよね」
「うむ。大兵(だいひょう)とは、()てして()くの如しさ」
 辛辣なちびっ子剣士たちの批評に晒されながら、将夜は竹刀を放り投げると、よろよろと床板に座り込んだ。
 大きく息を吐く。目から火花が散るような面を喰らったおかげか、どうやらあの奇妙な衝動は鎮まったらしい。
(それにしても、まさかこやつにまで……)
 負けたことではなく、汗に濡れ光る項に反応してしまったことに対して、だ。
「神崎将夜! なんだそのザマは。なまり切っておるではないか」
 床板を踏み鳴らしながら近づいてくると、小癪な〈こやつ〉は面を外した。
 若衆髷(わかしゅまげ)の、美少年のように凛々しい顔が、柳眉を逆立てて将夜を睨みつけている。
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登場人物紹介

妹・ひさ江(作中では武家の娘だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すごく心配です。

美少女剣士・瑠璃(町道場の女剣客だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:生意気だ、神崎将夜のくせに。

女医者・志乃(町医者の娘だが、もし現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:命の恩人として感謝してもしきれません。

くノ一・桔梗(公儀隠密であるお庭番の忍者だが、現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:…………。

おみよ(居酒屋で働く娘だが、現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すてきなお武家様です。宗助様のお友達でなければもっといいのですけれど……


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