第四十一話   〈だんぴいる〉に関する志乃の分析のこと

文字数 1,491文字

「狼、憑き?」
 将夜は口の中で、その耳馴れない語を味わうように転がしてみた。
「南蛮魔族の一種です。ふだんは尋常の人の様子をしておりますが、満月の夜になると、あのような恐ろしい姿に変じ、人を襲うのだそうでございます」
「満月の夜に変身……」
 獣人による事件が満月の夜に限られていたのは、そういうわけだったのか。
 また、息絶えた後の獣人の外見の変化も、普段が人の姿だとすれば、元に戻っただけなのだと解釈することもできる。
「魔族の力は強大で、通常の人が闘っても、まるで歯が立ちません。魔族を斃すことができるのは、より強力な魔力を持った魔族か、あるいは――」
「〈だんぴいる〉でござるか」
「はい」
 こくりと、志乃が頷く。
「この間、斎木殿にも教えていただいた。〈ばんぱいあ〉なる魔族と人との間に生まれた子を〈だんぴいる〉と呼ぶのだと」
「〈ばんぱいあ〉は魔族の中でも最強の魔力を誇る種族だそうでございます。ただ、日の光に弱く、長時間太陽の直射を受けると、灰と化してしまうという説もあります」
「なんと!」
 将夜は思わず顔色を変えた。
「それ故、〈ばんぱいあ〉は昼間、棺の中でじっとしているものなのだそうです。その間は息をしないと言いますから、あるいは睡眠というより仮死に近いのかもしれませぬ」
「しかし――」
 志乃は将夜の意味するところを察したらしく、すぐに続けた。
「これは純血の〈ばんぱいあ〉の場合に限られるようです。神崎様も確かに昼間は具合がお悪いようですが、曇天なら外出も可能である点を考え合わせますと、致命的な弱点にはなっていないかと思われます」
「何故、〈ばんぱいあ〉は血を吸うのだろうか」
「それが唯一の食物だからです。血以外のものでは、その魔力を維持することができぬのです。その点でも、神崎様は違います。わたくしをお救い下さいました時も、御友人とお酒を召された帰途だったそうでございますね」
「飯も食べられるし、酒も飲む。ただ、酒はいくら飲んでも酔わない」
「それを、試しておられたのですか」
 (はた)からはどれだけ自堕落な生活に見えようと、将夜は将夜なりに己が身体の変化を見極めようとしていたのだ。酒を飲めば異様に蒼白い顔にも仄かに赤みが差す。ただ、それだけだった。一升飲もうが二升飲もうが微醺(びくん)すら帯びない。
「御安心下さい。神崎様は、紛れもなく人の子です。日の光で灰になることもなければ、血を吸わねば生きてゆけぬわけでもございません。御母上の血を濃く受け継いでいらっしゃいます。先程は病と申し上げましたが、見方を変えれば、病どころか異能の力だと申せましょう。
 一説に拠れば、魔族が最も恐れるのが〈だんぴいる〉なのだそうでございます。〈ばんぱいあ〉の能力を有し、且つ〈ばんぱいあ〉にとって致命的な弱点を免れている存在。それが〈だんぴいる〉なのだ、と。神崎様は、江戸に跳梁する魔族を斃し得る、おそらくただ一人の御人なのです」
 将夜は端座したまま、暫く動かなかった。いや、動けなかった。

 志乃の話した内容を受けとめ、なんとか消化し、将夜が再び口を開こうとした、正にその時――
「神崎将夜はいるか!」
 表で、甲高い声が響いた。
 答える間もなく、下駄が溝板を踏み鳴らす音が、ぐんぐん近づいてくる。
 ばんっと戸が外れそうな勢いで引き開けられた。

「瑠璃じゃないか、どうしてここが……?」 
 一瞬あっけに取られた顔をした将夜だったが、それでもすぐに合点がいったように言った。「ああ、直之に訊いてきたのだな。どうした、何か用なのか」
 しかし相手は、答えない。
 若衆髷の美少年のような顔を引き攣らせて、茫然と突っ立っている。
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登場人物紹介

妹・ひさ江(作中では武家の娘だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すごく心配です。

美少女剣士・瑠璃(町道場の女剣客だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:生意気だ、神崎将夜のくせに。

女医者・志乃(町医者の娘だが、もし現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:命の恩人として感謝してもしきれません。

くノ一・桔梗(公儀隠密であるお庭番の忍者だが、現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:…………。

おみよ(居酒屋で働く娘だが、現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すてきなお武家様です。宗助様のお友達でなければもっといいのですけれど……


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