第四十四話 源内の代表著作はBL小説であること
文字数 1,311文字
店の主人がひどく
「
主人が小腰を屈めて、頭巾の男に告げる。
「源内は一人であろうの」
「それが、お連れ様と御一緒でございます」
「連れだと……」
頭巾のせいで目しか窺えないが、それでも明らかに不快の色が動いた。主人は顔色を変え、
「お聞き及びではございませんでしたか。こ、これは、
「まあ、よい。どうせすぐ帰る」
吐き捨てる如き短い答えだった。主人は
「御膳をお持ち致しましょうか」
これは、頭巾の武士の方に尋ねている。
「いや、何も要らぬ。行ってよい。
「かしこまりましてございます」
深々と一礼して主人が立ち去るのを確かめてから、頭巾の武士はすっと離れに入り、自ら後ろ手に障子を
「これはこれは、御老中――」
五十がらみの小太りの男が、奇妙に赤い唇と脂ぎった頬を歪めて言った。
武士の方は突っ立ったまま、頭巾も取らず、冷ややかな視線を男の上に据えている。
「いやいや、お忍びでございましたな。失礼仕りました」
手に持っていた盃を箱膳に戻すと脇へ押し遣り、大袈裟に頭を下げてみせた。
平賀
天才とも、奇人とも称される。
元々身分は低い。四国の
妹に婿養子を迎えさせると、自らは江戸へ出た。本草学の権威・
この会は、薬品となる植物及び鉱物を集めたもので、日本原産の物品だけでなく、南蛮渡りのものまで含まれており、その品数の多さと質の高さは
源内が特に好きなのは、〈本朝初〉という言葉であった。〈薬品会〉だけではない。油彩画『西洋婦人図』もそうだし、
数年前には、深川で〈えれきてる〉の実験を行って
ただ、開拓者として様々なことをやってみせるものの、では何が本業かと言うと、よくわからない。一時の評判にはなるが、それを突き詰めて大成させるということがないからだ。
頭巾で顔を覆い、立ったまま源内を見下ろしている武士。その目に浮かんでいるのも、天才に対する畏敬ではなく、むしろ詐欺師に向ける猜疑のようである。
「連れがいるとは、聞いておらんぞ」
頭巾の武士は不機嫌を隠そうともしない声音で、ぼそりと言った。