第二十七話 天井裏から見る〈大人〉展開のこと
文字数 1,706文字
忍び装束に包まれた身体は、野性動物のようなしなやかさだ。
闇の中だが、動きに迷いはない。
測ったようにぴたりと静止すると、梁に足を絡めて逆さにぶら下がる。両手で天井の
下から差し込む光が、そこだけ布に覆われていない目元を闇の中に仄かに浮かび上がらせる。
身体つきは少年のようだが、その
下では男が一人、手酌で酒を飲んでいる。
異相である。
目は窪み、頬骨が高い。鼻は高いが、先がやや尖っている。
鼻筋が通っているというより、顔立ちがやけに凸凹して見える。
もう
やがて、静かに襖が開いて、もう一人の男が入ってきた。
こちらは若い。
「おお、待ちかねたぞ。
異相の男が、王侯貴族の如き
若い男は糸に操られた人形のような、妙に力の籠もらない足取りで歩いてくると、異相の男の前にぺたりと座った。
首が据わらない。目がとろりとしている。
「なんという光り輝く
溜め息交じりに呟く。
目ぼしい調度もない、殺風景な部屋である。
若い男は、どうやら幻覚を見せられているらしい。
「これはな、葡萄から造った酒じゃ。血の如き
言いながら、異相の男は盃を手渡す。
「素敵……七色に輝くギヤマンの盃!」
なんの変哲もない盃。注がれたのも、やはりごくありきたりの酒である。
「あぁ、喉が焼けるっ!」
盃の中身を一気に煽った若い男が、うっとりとした表情から一転、毒でも飲んだように喉を掻き毟る。
「どうだ、身体の中を炎が嘗めるようであろう」
「あ、熱い……」
「そうだ、もっと熱くなるぞ」
「熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い――」
若い男は片肌脱ぎになり、すぐに諸肌を脱ぐ。その仕草が女そのものであった。両手で平らな胸を抱き、荒い息を吐いて身悶える。
「ど、どうにかしてっ、お願い!」
「よしよし、今からこの世の極楽を見せてやろうぞ」
異相の男は手早く着物をかなぐり捨てた。そのまま若い男を押し倒す。
脂ぎった肉厚の身体に組み敷かれ、女のように骨細の男は苦悶の呻き声を上げる。
上になった男は、若い身体を隅から隅まで
どういうわけか、
尋常な者なら思わず目を覆ってしまうほど淫らな光景にも、天井裏に潜む者の眸は全く感情の色を浮かべることなく、冷静に観察を続ける。
いつか、若い男の声が歓喜のそれに変じていた。
脂汗にまみれた背中にかじりつきながら、切なげに叫ぶ。
「き、きんぐ……りゅか、おおん……」
この時である。
若い男を組み敷き、べちゃべちゃと不気味な音を立てつつ、全身を嘗め回していた壮年男の姿に、ある変化が生じたのは。
醜く膨らんでいた腹がいつの間にか引っ込み、背中には
更に――。
背中に黒い剛毛が生えたかと思うと、たちまち全身を覆い尽くす。
若い男は気づかないのか、あられもないよがり声を張り上げているばかりだ。
この様子を天井裏からじっと観察していた者も、さすがにその異様さに目を瞠った。
――と、この微かな瞼の動きが、知らぬ間に己の身体を侵していた
もの
に気づかせた。足の先の感覚が、既になくなっている。逆さになっている上半身を振り子のように揺らし、その反動を利用して別の梁に飛び移る。
がっ、
ががっ、
その影を掠めるようにして、数本の槍が天井に突き立つ。
畳が捲れ上がり、床下から長い槍の束が、すさまじい勢いで繰り出されていたのである。