第十五話 美少女剣士はいつも怒っていること

文字数 1,461文字

 将夜自身、(おのれ)の顔色の悪さにはほとほと(こう)じ果てている。単に蒼ざめているというのを通り越し、色素自体が薄くなった感じで、まるで話に聞く紅毛人のような白さなのである。
 道場に通わなくなるに当たり、直之にだけは自分の体質のことを打ち明けてある。瑠璃は知らない。
(知っていればいくら勝気な娘でも、あれほど容赦のない打ち込みはできないだろう)
 と、将夜は希望的観測として思ってみる。
 さっきの唐竹(からたけ)()りは、効いた。まだ頭がくらくらする程だ。溜まりに溜まった怒りを叩きつけられた、としか考えられない。
(それにしても……。瑠璃は何故、おれをそれ程までに嫌うのか)
 その点が、今もって謎である。特に何かをした覚えはないのだが、いつも殆ど喧嘩腰の態度で接せられる。所謂(いわゆる)虫が好かぬというやつなのだろうと、将夜なりに解釈しているのだが……。
 それにしても、師・重蔵が逝き、直之が道場を継いで妻を娶り、士道館も状況が変わっている。瑠璃もさすがに少しは丸くなったかと思いきや、
「神崎将夜! わたしと立ち会え。即刻だ!」
 と、なぜか怒りに燃える眸で睨みつけられ、問答無用で竹刀を握らされた。嫌いなら相手にしなければよいと思うのだが、その辺がどうも解せない。
「実は、見ていただきたいものがあるのです」
 不可解なことはとりあえず脇に置いておくことにして、将夜は差し料を直之に手渡した。
 直之は(いぶか)しげな表情で受け取る。
「抜いてみろってことかい?」
「はい」
 気楽そうに見えて、そこは剣に生きる者である。直之は手早く口に懐紙を(くわ)えると、先ず三分の一ほど、そろりと抜いた。
「…………!」
 はっとしたように抜き放ち、ためつすがめつ眺め入る。
 やがて、静かに鞘に収めた。懐紙を口から取って、この男には珍しく強い視線を将夜に向けた。
「どう御覧になりますか」
血曇(ちくも)り……だね」
「はい」
「将さん。斬ったのか、人を」
「斬りました。ただ、人なのかどうか……」
「何やらいわくありげだな。ま、詳しく話してみてくれ」
 そこで将夜は、昨晩の出来事を細大(さいだい)漏らさず話して聞かせた。
 直之は将夜が語り終わっても、暫く言葉を発しなかった。
 将夜も相手が話の内容を消化し終わるまで黙って待った。
「あやかしの噂は、聞いている」
 直之は漸く口を開いた。「どうせ瓦版があることないこと、大仰に書き立てているだけだろうと、まともに信じちゃいなかったがね。江戸屋敷にいる何処(どこ)ぞの田舎大名が名刀でも手に入れて、切れ味見たさに試し斬りでもしているのかとふんでたんだが……。まさか人と獣の合いの子たァ、恐れ入った。あやかしって話も、まんざらでたらめじゃなかったってことか」
「ただ、奇妙なのは――」
「絶命した途端、人の姿に変じたってね?」
 将夜が首肯する。
「それは、憑き物ってやつかもしれないぜ」
(きつね)()きのような(たぐ)いだとすると、外見はあくまで人のままのはずです。獣の姿に変じるなど、聞いたことがありません」
「ま、狐が憑くと目が多少吊り上がるっていうが」
 軽く()ぜっ返したが、直之はすぐ真面目な顔に戻って、
「それともう一つ解せないのは、その女だ」
「ええ。女は確かに何かを知っていたと思われます。しかし、何故かそれを隠した――」
「〈やはり自分の見間違いではなかった〉と、女は確かにそう言ったんだね?」
 直之がそう訊いた時、
「女だと! 道場に顔を出さぬ理由は、女にうつつを抜かしておったからなのか」
 声とともにいきなり襖が開いた。
 将夜と直之が同時にはっと振り向く。
 頬を紅潮させた瑠璃が、敷居際(しきいぎわ)に仁王立ちになっている。
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登場人物紹介

妹・ひさ江(作中では武家の娘だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すごく心配です。

美少女剣士・瑠璃(町道場の女剣客だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:生意気だ、神崎将夜のくせに。

女医者・志乃(町医者の娘だが、もし現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:命の恩人として感謝してもしきれません。

くノ一・桔梗(公儀隠密であるお庭番の忍者だが、現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:…………。

おみよ(居酒屋で働く娘だが、現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すてきなお武家様です。宗助様のお友達でなければもっといいのですけれど……


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