第一話 ひさ江は兄が心配なこと
文字数 1,332文字
「小兄様 、起きてください。もうお天道様 が高うございますよ」
蒲団の中では、あーとかうーとか唸りながら、巨大な芋虫のようなものがもぞもぞ動いているだけで、いっかな起き上がる気配はない。
「な、なんという往生際の悪さ。ならば、ひさ江 にも考えがあります!」
ここは強硬手段に訴えるしかないと思い定めたらしく、ひさ江はつかつかと畳を横切り、勢いよく雨戸を開け放つ。
清冽な朝の光が、無数の矢の如く差し込む。
「うっ、うぎゃあぁッ!」
およそ武士らしからぬ悲鳴が上がり、蒲団を引っ被ったまま、ごろごろと部屋の奥まで転がっていき、壁に激突して止まる。
「お、恐ろしいやつ。おれを殺すつもりなのか」
神崎 将夜 は、脅えた目を小柄なひさ江の立ち姿に向ける。
「妹をつかまえて人殺し呼ばわりとは、寝惚 けるのも大概になさいませ」
冷ややかに窘 められる。まったく、どちらが年上だかわからない。
「おれが朝に弱いの知ってるだろ!」
「朝に弱いなどとは、怠け者の戯言 でございます。いくら部屋住みの身とは申せ、わたしは小兄様に、そのような武士の風上にも置けぬ、穀潰 しの、救い難き人間になってもらいたくありませぬ」
「お前、涼しい顔でかなりひどいこと言ってるぞ」
ひさ江は、はあっと溜め息を吐 くと、その場に座って姿勢を正した。
真正面から将夜を睨みつける。
「いくらお諌 め申しても一向にお改めにならないので、今日は少々きついことを言わせていただきました。浅はかな女風情 がと疎 まれてもかまいませぬ。どうかひさ江が泣いて惚れ直すような立派な兄上になってくださいませ」
ようやく光に体が慣れてきた将夜は、おそるおそる蒲団を身から剥がし、座り直す。横鬢 をぽりぽり掻きながら、
「いや、泣いて惚れ直すとは聊か妙な言い方ではないか、兄妹 の間柄で」
「何もおかしくはございません。以前の小兄様はそれはそれは凛々しくて、自慢の兄上でした。わたしの夢は、いつの日か小兄様のような殿御と……」
「え?」
「い、いえ、ただの言葉の綾です。まあ、わたしとしたことが、こんな処で油を売って――」
さすがに自分でも妙なことを口走ったと思ったのか、ひさ江はそそくさと立ち上がり、手荒く蒲団を片付け始める。
と、蒲団の下から書物が一冊飛び出した。偶然開いた箇所には、男女がかなり大胆に絡み合う挿絵がある。
「こ、こんないかがわしき、しゅん……いえ、草双紙 などを……!」
耳まで赤くなったひさ江が、わななくような声を上げる。
さすがに春本 とは女の口からは言えず、とっさに草双紙と言い替えたらしい。
「ち、違うんだ。これは、宗助のやつがだな――」
身の潔白を証明しようと必死で手を振りかけて、えっと将夜は動きを止める。
ひさ江が固まっていることに気づいたからだ。
まだあどけなさの残る、花の蕾のような唇が小刻みに震えている。
「うおッ」
ようやく妹が立ち竦んでいる理由に思い当たった将夜は、元気に自己主張している
時、既に遅し。
「きゃあぁああああ!」
絹を裂くような悲鳴と共に、箱枕が凄まじい勢いで飛来した。
かっこぉん、
と佳 い音が朝の爽やかな空気を揺らしたと思うと、何か頽 れる、鈍く重い音が続いた。
蒲団の中では、あーとかうーとか唸りながら、巨大な芋虫のようなものがもぞもぞ動いているだけで、いっかな起き上がる気配はない。
「な、なんという往生際の悪さ。ならば、ひさ
ここは強硬手段に訴えるしかないと思い定めたらしく、ひさ江はつかつかと畳を横切り、勢いよく雨戸を開け放つ。
清冽な朝の光が、無数の矢の如く差し込む。
「うっ、うぎゃあぁッ!」
およそ武士らしからぬ悲鳴が上がり、蒲団を引っ被ったまま、ごろごろと部屋の奥まで転がっていき、壁に激突して止まる。
「お、恐ろしいやつ。おれを殺すつもりなのか」
「妹をつかまえて人殺し呼ばわりとは、
冷ややかに
「おれが朝に弱いの知ってるだろ!」
「朝に弱いなどとは、怠け者の
「お前、涼しい顔でかなりひどいこと言ってるぞ」
ひさ江は、はあっと溜め息を
真正面から将夜を睨みつける。
「いくらお
ようやく光に体が慣れてきた将夜は、おそるおそる蒲団を身から剥がし、座り直す。
「いや、泣いて惚れ直すとは聊か妙な言い方ではないか、
「何もおかしくはございません。以前の小兄様はそれはそれは凛々しくて、自慢の兄上でした。わたしの夢は、いつの日か小兄様のような殿御と……」
「え?」
「い、いえ、ただの言葉の綾です。まあ、わたしとしたことが、こんな処で油を売って――」
さすがに自分でも妙なことを口走ったと思ったのか、ひさ江はそそくさと立ち上がり、手荒く蒲団を片付け始める。
と、蒲団の下から書物が一冊飛び出した。偶然開いた箇所には、男女がかなり大胆に絡み合う挿絵がある。
「こ、こんないかがわしき、しゅん……いえ、
耳まで赤くなったひさ江が、わななくような声を上げる。
さすがに
「ち、違うんだ。これは、宗助のやつがだな――」
身の潔白を証明しようと必死で手を振りかけて、えっと将夜は動きを止める。
ひさ江が固まっていることに気づいたからだ。
まだあどけなさの残る、花の蕾のような唇が小刻みに震えている。
「うおッ」
ようやく妹が立ち竦んでいる理由に思い当たった将夜は、元気に自己主張している
それ
を、慌てて裾で隠そうとしたが――時、既に遅し。
「きゃあぁああああ!」
絹を裂くような悲鳴と共に、箱枕が凄まじい勢いで飛来した。
かっこぉん、
と
大きな生き物
が畳の上に