第六十四話 梟は斎木より地位が高そうなこと
文字数 1,157文字
斎木は平伏していた。
全身に汗が浮いている。汗は、ここまで早駕籠を飛ばしてきたせいばかりではない。
真実を知ってしまった志乃を、橋本町の平賀源内の屋敷に運び込んだ。
指示をしたのは、あの人語を操る梟である。源内は〈使い魔〉と呼んでいる。陰陽師が使役する式神のようなものかと斎木は考えているが、実際のところはよくわからない。
梟は今、豪奢な金色の籠におさまり、紅毛人よろしく椅子に座る源内の傍らに置かれ、主 と同じように斎木を見下ろしている。当初貴族として迎えられる約束だった斎木より、こちらの方がよほど高貴な身分であるようだ。
「方生よ、危ういところであったな。この娘がお前以外に話していたら、始末するのはこの娘だけでは済まなかったぞ」
源内の威圧的な声が上から降ってくる。
「も、申し訳ございませぬ!」
新たな汗が噴き出す。細かな震えが腹の底から湧き上がってきて、顔を上げることができないのだ。
「まあ、よい。小石川養生所の医師には、まだ使い道がある。これからせいぜい忠勤に励むがよいぞ」
「は! ありがたき幸せにございます」
源内は足元に這いつくばる斎木に、鷹揚に頷いてみせた。
それにしても――
恐懼しながら、斎木は思う。
(志乃をかどわかして、どうしようというのか)
志乃の鋭い推理が、不都合な真実に辿り着いてしまったのは事実だ。しかし、単に情報の漏洩を防ぐための監禁なら、養生所でも十分な筈である。人目につく恐れがあるにも拘らず、わざわざ橋本町の屋敷まで運ばせた理由がよくわからない。
おそるおそる顔を上げかけた時だ。
「それにしてもいい匂いだこと、堪らないよ」
女とも男ともつかぬ、奇妙に艶めいた声が後ろで上がり、斎木は反射的に振り向いた。
菊也である。
源内がかつて描いた『西洋婦人図』そっくりの、燃えるような緋色の服を纏っている。ただ、のっぺりした顔には白粉を塗りたくられており、正直化け物じみている。
そうした
南蛮渡りらしい奇怪な紋様の彫り込まれた椅子が置かれ、棚にはギヤマンの皿などが飾られている。しかし、こうした調度品がいかに高価だとしても、畳敷きの部屋に置かれ、行灯の明かりに照らされている様はどこか似非物 めいていかがわしく、滑稽感さえ漂う。
まだ意識の戻らない志乃は、椅子に座らされた状態で拘束されている。命じられてそれをしたのは斎木である。弾力のある銅線のようなもので手足を縛ってあるのだ。
志乃の首筋に鼻を押し当て、くんくんと犬のように匂いを嗅いでいた菊也が、感に堪えぬ口吻で呟く。
「おやまあ、きれいな襟足だこと。本当に肌理 が細かいのね」
真っ赤に紅をさした唇から、べろりと蛞蝓 めいた舌を伸ばし、志乃の項をなぞるように嘗め回すのである。
全身に汗が浮いている。汗は、ここまで早駕籠を飛ばしてきたせいばかりではない。
真実を知ってしまった志乃を、橋本町の平賀源内の屋敷に運び込んだ。
指示をしたのは、あの人語を操る梟である。源内は〈使い魔〉と呼んでいる。陰陽師が使役する式神のようなものかと斎木は考えているが、実際のところはよくわからない。
梟は今、豪奢な金色の籠におさまり、紅毛人よろしく椅子に座る源内の傍らに置かれ、
「方生よ、危ういところであったな。この娘がお前以外に話していたら、始末するのはこの娘だけでは済まなかったぞ」
源内の威圧的な声が上から降ってくる。
「も、申し訳ございませぬ!」
新たな汗が噴き出す。細かな震えが腹の底から湧き上がってきて、顔を上げることができないのだ。
「まあ、よい。小石川養生所の医師には、まだ使い道がある。これからせいぜい忠勤に励むがよいぞ」
「は! ありがたき幸せにございます」
源内は足元に這いつくばる斎木に、鷹揚に頷いてみせた。
それにしても――
恐懼しながら、斎木は思う。
(志乃をかどわかして、どうしようというのか)
志乃の鋭い推理が、不都合な真実に辿り着いてしまったのは事実だ。しかし、単に情報の漏洩を防ぐための監禁なら、養生所でも十分な筈である。人目につく恐れがあるにも拘らず、わざわざ橋本町の屋敷まで運ばせた理由がよくわからない。
おそるおそる顔を上げかけた時だ。
「それにしてもいい匂いだこと、堪らないよ」
女とも男ともつかぬ、奇妙に艶めいた声が後ろで上がり、斎木は反射的に振り向いた。
菊也である。
源内がかつて描いた『西洋婦人図』そっくりの、燃えるような緋色の服を纏っている。ただ、のっぺりした顔には白粉を塗りたくられており、正直化け物じみている。
そうした
ちぐはぐ
な不自然さは、この部屋そのものにも表れている。南蛮渡りらしい奇怪な紋様の彫り込まれた椅子が置かれ、棚にはギヤマンの皿などが飾られている。しかし、こうした調度品がいかに高価だとしても、畳敷きの部屋に置かれ、行灯の明かりに照らされている様はどこか
まだ意識の戻らない志乃は、椅子に座らされた状態で拘束されている。命じられてそれをしたのは斎木である。弾力のある銅線のようなもので手足を縛ってあるのだ。
志乃の首筋に鼻を押し当て、くんくんと犬のように匂いを嗅いでいた菊也が、感に堪えぬ口吻で呟く。
「おやまあ、きれいな襟足だこと。本当に
真っ赤に紅をさした唇から、べろりと