第六十五話 〈えれきてる〉の恐ろしい使い道のこと

文字数 1,230文字

「う、うう……」
 本能的な戦慄だろうか。志乃は苦しげな呻きを上げ、やがて瞼を開けた。
 最初は焦点が合わないらしく、ぼんやりした表情だったが、すぐに白粉の化け物に気づき悲鳴を上げる。逃げようとするが、全身を椅子に拘束されていて身動きもできぬ。細い金属の線が手足に喰い込んだらしく、苦悶の表情を浮かべた。
「あら、せっかく王妃様が可愛がってあげようってのに、無礼な娘ね。少しお仕置きしてやろうかしら」
 立ち上がると、ぎらぎらする目で源内の方を見遣り、
「どう? そろそろいいでしょ、あれをやっても」
 薄気味の悪い猫撫で声で、源内は応じた。
「構わんぞ。存分にやるがいい。どうせこの娘はそなたの〈(かて)〉なのだからな」
 この時、志乃はようやく斎木がいることに気づいた。
「父上、こ、これはどうしたことでございます? 何故わたくしが源内の屋敷にいるのですか!」
 切羽詰まった声音に、さすがに斎木も動揺を隠せない。
「し、志乃が〈糧〉とは、如何(いか)なる意味でございましょうや」
 震え声で問い質す。
「己の保身のために娘を売ったお前が、今更何をほざいておる? 所詮は血の繋がらぬ赤の他人同士、下手な親子芝居も大概にせい!」
「ち、父上! 父上はまさか源内めと通じて……?」
 斎木は面を伏せて答えない。
 源内は、そんな斎木と志乃の様子を愉しげにうち守りつつ、菊也に声をかける。
「どうじゃ、用意は整ったか」
「いいわよ。あとは、これを回すだけ」
 椅子の後ろに千両箱を三つ重ねたほどの大きさの箱が置かれており、その横に鉄の取っ手が付いていた。
 菊也が嬉々として取っ手を回し始める。
 と――

「あ……いっ、いやぁあああああッ」
 喉が裂けたかと思うほどの、すさまじい悲鳴を志乃は上げた。
「こ、これは……!」
 斎木の顔が驚愕で歪んだ。
「余が以前、『えれきてる』の実験をしたことは覚えておろう。しかし、あんなものはこけ脅しに過ぎぬ。奉行所に下手に目を付けられても困る故、わざと威力を抑えておいたのだ。あの程度の玩具でも、無知で下等なこの国の者どもの度肝を抜くには十分であったがようじゃがの」
 源内は菊也に視線を戻し、また気味の悪い声を出す。「どうだ、新しい玩具は気に入ったか」
「気に入ったともさ。こんないい声で鳴かれると、ぞくぞくしちまうよ」
 菊也が、にたにたと(とろ)けるような笑みを洩らしつつ、再び取っ手を回す。
 身悶えする志乃から(ほとばし)る悲鳴。
 
 悲鳴鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴。
 
 全身を雷の鞭で全身を打たれ続けるような恐るべき苦痛に、志乃は晒されているに違いなかった。

 悲鳴鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴。
 そして、絶叫。

〈えれきてる〉の拷問は直接神経に作用する。限度を超えれば、志乃の人格そのものを破壊してしまうに違いない。
 菊也の嬌声の如き奇怪な笑い声と共に、壁に映った影が伸び縮みする。それは正に地獄絵図以外の何物でもなかった。
 恐怖のあまり、斎木は耳にぎゅっと指を差し入れると、脂汗の滴る顔を畳に擦り付けた。
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登場人物紹介

妹・ひさ江(作中では武家の娘だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すごく心配です。

美少女剣士・瑠璃(町道場の女剣客だが、もし現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:生意気だ、神崎将夜のくせに。

女医者・志乃(町医者の娘だが、もし現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:命の恩人として感謝してもしきれません。

くノ一・桔梗(公儀隠密であるお庭番の忍者だが、現代人だったこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:…………。

おみよ(居酒屋で働く娘だが、現代人だったらこんなイメージ)

Q:神崎将夜に対する気持ちを一言で表すと?

A:すてきなお武家様です。宗助様のお友達でなければもっといいのですけれど……


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