第二十四話、アリゾム山、ソロン

文字数 4,346文字

 フエネ平原から離れた南西、アリゾム山、およそ五十年ほど前、アリゾム山周辺は山賊の住処であった。当時のバリイ領主が兵を出し征伐した。その後アリゾム山山岳部隊が作られた。降伏した山賊が、部隊に編入されたため、山岳部隊の立ち振る舞いは軍隊のそれとは少し違い、緩い部分があった。


「ドワーフの連中どうする気なんですかね」


 ズッケルはスープをすすりながら言った。

 デノタス率いる山岳部隊は川でたき火をしていた。捕った川魚を木の実とともにすりつぶし、団子を作り、スープが入った鍋に入れた。中には干し野菜が入っている。蛙を捕まえ内臓を取り火であぶった。


「さぁ、知らないな」


 先輩隊員のマッチョムが答えた。どこから取り出したのか酒を飲んでいる。


「エールを求めて攻めてきたってのも本当の話なんですか」


「エールを求めてってのはがせだ。やつらエール祭りに出てこなかったそうだ」


 隊長のデノタスが言った。


「じゃあ、何のために攻めてきたんです」


「なんか事情があるんだろうな」


「こっちにも来ますかね」


「こんな山奥に来るわけないだろ。行くとしたら領主様がいるバリイムの館を目指すんじゃないか。ここは、南に外れているからな。そのまま西に、進んでオラム砦を落として、サロベルの町を燃やし、領主様がいる館を攻めるんじゃないか。そうすれば、ギリム山、オラム砦と連携して守ることができる」


 その後、徐々に領地を広げていけばいい。デノタスは付け加えた。


「ドワーフがそこまでしますかねぇ。奴ら強いが、職人と戦士の集まりだ。人間を支配しようなんて発想がありますかね。国だって黙っちゃいないでしょう」


 マッチョムがちびちびと酒を飲みながら言った。


「そうだな、そりゃあ、難しいなぁ。攻めるだけ攻めて、どっかで和平交渉でもして、なんかぶんどる気なんじゃないか」


「ドワーフの欲しがるものってのは何ですかね」


「そりゃあ、あれじゃないか。女は好みがあるだろうし、酒、じゃないかな」


 デノタスはマッチョムが持っている酒瓶を見つめた。マッチョムは酒瓶を守るように背を向けた。


「ドワーフって、そんなに強いんですか」


「強いよ。前衛をはれるドワーフが弱いわけ無いだろ。それが百人単位でおそってくるんだぜ。まともにぶつかれば人間側に勝ち目は無いな。悪夢だよ」


「まじっすか。じゃあ、もし、こっちにドワーフが攻めてきたらどうするんです」


「戦うさ」


「でも、勝ち目がないんじゃないんですか」


「正面から戦えば勝ち目は無いさ。山ん中なら俺たちは負けねぇよ。まぁ、こんなところには絶対来ないだろうがな」


 デノタスは笑った。







「して、その方は、どういう方、なのだ」


 バリイの領主、イグリットは執務室で、ヘセントとシャベルトが連れてきた男を見ながら、言葉に詰まった。緑色の髪にとがった耳、分厚い唇に頬がたるみあごは肉に埋まっている。オークにしては、知的な雰囲気があり、清潔感もある。エルフであるとは思うのだが、自信が無かった。


「この方は、エルフのソロン様です。シャベルト様の師にあたる方です」


 ヘセントは疲れた表情で答えた。途中何度も足を止めてはしゃがみ込む、ソロンとシャベルトの師弟を、なだめすかし連れてきた。本当に疲れたのだ。


「そうか、それで、ソロン様はどういう用件でいらっしゃったのだ」


「領主様、ドワーフとの戦の件を弟子から聞き、思い当たる節があり急ぎ参ったのです」


 ソロンは胸を張って答えた。

 こいつ、いつ急いだのだと、ヘセントは心の中で毒づいた。


「おお、では、ドワーフが攻めてきた理由を知っていると言うことなのですか」


「知っているとまではいえません。ただ思い当たる節が一つあります」


「して、それは何なのですか」


「ギリム山の噴火です。およそ三千年ほど前に一度噴火をしています」


「噴火か、なるほど、噴火か」


 そのような話をイグリットは聞いたことはなかったが、長い寿命をもつエルフならば三千年前の話も知っていてもおかしくはない。


「そのことはギリム山のドワーフの王であるドルフに何度か伝えていたのですが、対応をしていなかったようなのです」


「では、噴火する山から避難するため、攻めてきたということか」


「そういう可能性があります」


 それならばエルリムを燃やした理由も納得できる。あそこはギリム山に近すぎる。いつ噴火するかわからない場所に拠点を作ることはできない。かといって下手に残しておけば、人間が拠点にしたり住む可能性もある。


「エルバの村を燃やしたのもそういうことか」


「ええ、残しておけば人が戻ってきますからな」


「施しを受けるぐらいなら奪ってやれ。盗人の発想だな」


 もし噴火が起これば、バリイ領自体無事では済まない。人間も避難しなければならないだろうし、農作物への影響も出るだろう。貧しい土地ではないが豊かな土地でもない。住処を失った二万のドワーフに十分な支援をする余裕など、バリイ領にはない。国と各領主が分担して支援に当たることになる。おそらく、ろくな支援は受けられない。人が治める土地なのだ。ドワーフの支援は人の下になる。ぼろを着た乞食よりも、血にまみれた盗賊を選んだのだ。


「かも、しれませんな」


 ソロンは悲しげな顔をした。


「しかし原因か噴火ならば、この無益な争いを終わらせることができるのではないでしょうか」


「そうかもしれませんな」


 そう簡単にいく話なのだろうか。ソロンは領主の言葉に疑問を感じた。

 噴火という特殊な事情があったとしても、ドワーフは人間の兵を何人も殺している。町も焼いている。人は、人という生き物は、そのことをあっさり忘れることができるのだろうか。エルフなら、その恨みを簡単には忘れない。同族同士であれば時間をかけ和解することもあるだろうが恨みの対象が寿命の短い種族ならば、相手が生きている間に和解するとも限らない。その恨みが時と共に毒のように蓄積していき、個人ではなく種族に対する嫌悪感になる。だから、エルフは孤立するのだ。


「ソロン様はドワーフの王とはどういった関係なのでしょうか」


「友人です。昔、一緒に旅をしたことがあります」


「ほう、そのようなことが、それは非常に、その、お願いがあるのですが」


 領主のイグリットは少し前のめりになった。


「なんでしょう」


「ドワーフとの間に立って、和平の使者になってもらえないでしょうか」


「私がですか」


 うすうすだが、そういう扱いを受けるのではと、予感があった。だから、ソロンは、道中理由をつけては寄り道をし、ここへ来るのを遅らせていた。

 馬鹿弟子の話など聞くべきではなかった。ソロンは隣でぼんやりとしているシャベルトを少しにらみつけた。


「ええ、争いが始まってから、何度か使者を送っているのですが、すべて門前払い、あってもらえないのです。あなたなら、エルフでありドワーフの王の友人であるあなたなら、ドルフ王と会うことができるのではないでしょうか」


「しかし、私はただの学者です。そのような重要な任務を行う力はないのですよ」


 ソロンは一応、抵抗を試みてみたが、断れないだろうと思っていた。


「このまま何もせず、争い続けていたら、一体どれだけの人間が、ドワーフが死ぬことになるでしょう。それを防ぐことができるのは、だれでしょうか。我々ではドルフ王とあうこともできないのです。あなたなら、エルフであり、ドルフ王と友人であるあなたなら、人間とドワーフの間に入り互いの仲を取り持つこともできるのではないでしょうか。どうか、人とドワーフのためにも一肌脱いでいただけないでしょうか」


 領主のイグリットはソロンの手を握りしめながら言った。いささか芝居がかってはいたが、説得力はそれなりにあった。人とドワーフ、ともに死者が出ると言われ、知ったことかといえるほど、ソロンは冷たくはなかった。


「ええ、わかりましたよ。ですが、和平の使者というのは勘弁していただきたい。あなたからの親書を渡すという形でどうでしょう。それ以上の協力はできません」


 ソロンはため息をつきつつ答えた。あらかじめ、そういう話になった場合の、落としどころとして考えていた。


「ありがたい。早速親書をしたためますので、しばし別室でお休みください」


 執事が現れソロン一行を別室に案内した。







「噴火の件、どう思う」


 ソロン達が部屋から出た後、領主のイグリットは腹心の部下に問うた。


「筋は通っているかと、一連のドワーフの行動、ギリム山の噴火と言うことならば、理解はできるかと思います」


「確かにそういう事情なら、わからなくはないな。どちらにしろ確かめねばならないだろう。国王は、この件、ギリム山の噴火についてつかんでいるのだろうか」


「わかりません。返答もまだ来ておりません」


 イグリットは国に援軍の要請の手紙を出した。

「知っていたなら、兵を出し渋ってくるかもしれんな。兵を出さず、和解を進めてくるかもしれん」


「口だけ出されるのは、困りますな。ドワーフが和解に応じるとは限らないですし」


「そこだよ。金も人も出さずに、ドワーフの面倒を押しつけられたらたまったもんじゃない。そもそも、やつらどこまでやる気なのだ。ギリム山が噴火するからと言って、バリイ全体を支配しようなんて考えているとは考えにくい。フエナ平原を切り取り、ドワーフの国にしようと考えているのだろうか」


「しかし、あそこはそれほどいい土地では、ありません。土地もやせていますし、所々湿原地帯もあります。ドワーフが農耕をするところをあまり想像ができませんがうまくいくでしょうか」


「知らんよ。フエナ平原なぞいくらでもやるが、欲をかいて、オラム、サロベルと攻められたら困る。その先はここだ」


 イグリットは舌打ちした。


「そこまでやるでしょうか」


「わからん。どちらにしろ、兵の数は欲しい。こちらが負けそうな状態では、交渉にならん。リボルは何をやっているのだ」


「ドワーフが守りを固めて、こもってしまっているようで、なかなか手が打てないようです」


「頼りにならんな。もう一度、国に対して、援軍の要請をしろ。ギリム山噴火の件は伏せてな」


「かしこまりました」


「あのエルフに親書を持たせ、和解の交渉を行っている間に、国からの援軍を待てばいい」


「親書の内容はいかがいたしましょうか」


「話し合いの準備がある、程度でいい。後は奴らが喜びそうなことを、様々な支援の用意があるとでも書いておけばいい」


「わかりました」


「その後のことは、その時々で考えればいい。和解が成立したら、時間をかけて、奴らの武装を解除していけばいい。約束を破ろうが何をしようが、ドワーフに対する恨みが残っているうちなら、問題ない。人の社会だ。文句を言う人間がいなければ、ドワーフに何をしてもいいのだよ」


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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