第二十四話、アリゾム山、ソロン
文字数 4,346文字
フエネ平原から離れた南西、アリゾム山、およそ五十年ほど前、アリゾム山周辺は山賊の住処であった。当時のバリイ領主が兵を出し征伐した。その後アリゾム山山岳部隊が作られた。降伏した山賊が、部隊に編入されたため、山岳部隊の立ち振る舞いは軍隊のそれとは少し違い、緩い部分があった。
ズッケルはスープをすすりながら言った。
デノタス率いる山岳部隊は川でたき火をしていた。捕った川魚を木の実とともにすりつぶし、団子を作り、スープが入った鍋に入れた。中には干し野菜が入っている。蛙を捕まえ内臓を取り火であぶった。
先輩隊員のマッチョムが答えた。どこから取り出したのか酒を飲んでいる。
隊長のデノタスが言った。
「こんな山奥に来るわけないだろ。行くとしたら領主様がいるバリイムの館を目指すんじゃないか。ここは、南に外れているからな。そのまま西に、進んでオラム砦を落として、サロベルの町を燃やし、領主様がいる館を攻めるんじゃないか。そうすれば、ギリム山、オラム砦と連携して守ることができる」
その後、徐々に領地を広げていけばいい。デノタスは付け加えた。
マッチョムがちびちびと酒を飲みながら言った。
デノタスはマッチョムが持っている酒瓶を見つめた。マッチョムは酒瓶を守るように背を向けた。
デノタスは笑った。
バリイの領主、イグリットは執務室で、ヘセントとシャベルトが連れてきた男を見ながら、言葉に詰まった。緑色の髪にとがった耳、分厚い唇に頬がたるみあごは肉に埋まっている。オークにしては、知的な雰囲気があり、清潔感もある。エルフであるとは思うのだが、自信が無かった。
ヘセントは疲れた表情で答えた。途中何度も足を止めてはしゃがみ込む、ソロンとシャベルトの師弟を、なだめすかし連れてきた。本当に疲れたのだ。
ソロンは胸を張って答えた。
こいつ、いつ急いだのだと、ヘセントは心の中で毒づいた。
そのような話をイグリットは聞いたことはなかったが、長い寿命をもつエルフならば三千年前の話も知っていてもおかしくはない。
それならばエルリムを燃やした理由も納得できる。あそこはギリム山に近すぎる。いつ噴火するかわからない場所に拠点を作ることはできない。かといって下手に残しておけば、人間が拠点にしたり住む可能性もある。
もし噴火が起これば、バリイ領自体無事では済まない。人間も避難しなければならないだろうし、農作物への影響も出るだろう。貧しい土地ではないが豊かな土地でもない。住処を失った二万のドワーフに十分な支援をする余裕など、バリイ領にはない。国と各領主が分担して支援に当たることになる。おそらく、ろくな支援は受けられない。人が治める土地なのだ。ドワーフの支援は人の下になる。ぼろを着た乞食よりも、血にまみれた盗賊を選んだのだ。
ソロンは悲しげな顔をした。
そう簡単にいく話なのだろうか。ソロンは領主の言葉に疑問を感じた。
噴火という特殊な事情があったとしても、ドワーフは人間の兵を何人も殺している。町も焼いている。人は、人という生き物は、そのことをあっさり忘れることができるのだろうか。エルフなら、その恨みを簡単には忘れない。同族同士であれば時間をかけ和解することもあるだろうが恨みの対象が寿命の短い種族ならば、相手が生きている間に和解するとも限らない。その恨みが時と共に毒のように蓄積していき、個人ではなく種族に対する嫌悪感になる。だから、エルフは孤立するのだ。
領主のイグリットは少し前のめりになった。
うすうすだが、そういう扱いを受けるのではと、予感があった。だから、ソロンは、道中理由をつけては寄り道をし、ここへ来るのを遅らせていた。
馬鹿弟子の話など聞くべきではなかった。ソロンは隣でぼんやりとしているシャベルトを少しにらみつけた。
「ええ、争いが始まってから、何度か使者を送っているのですが、すべて門前払い、あってもらえないのです。あなたなら、エルフでありドワーフの王の友人であるあなたなら、ドルフ王と会うことができるのではないでしょうか」
ソロンは一応、抵抗を試みてみたが、断れないだろうと思っていた。
「このまま何もせず、争い続けていたら、一体どれだけの人間が、ドワーフが死ぬことになるでしょう。それを防ぐことができるのは、だれでしょうか。我々ではドルフ王とあうこともできないのです。あなたなら、エルフであり、ドルフ王と友人であるあなたなら、人間とドワーフの間に入り互いの仲を取り持つこともできるのではないでしょうか。どうか、人とドワーフのためにも一肌脱いでいただけないでしょうか」
領主のイグリットはソロンの手を握りしめながら言った。いささか芝居がかってはいたが、説得力はそれなりにあった。人とドワーフ、ともに死者が出ると言われ、知ったことかといえるほど、ソロンは冷たくはなかった。
ソロンはため息をつきつつ答えた。あらかじめ、そういう話になった場合の、落としどころとして考えていた。
執事が現れソロン一行を別室に案内した。
ソロン達が部屋から出た後、領主のイグリットは腹心の部下に問うた。
「そこだよ。金も人も出さずに、ドワーフの面倒を押しつけられたらたまったもんじゃない。そもそも、やつらどこまでやる気なのだ。ギリム山が噴火するからと言って、バリイ全体を支配しようなんて考えているとは考えにくい。フエナ平原を切り取り、ドワーフの国にしようと考えているのだろうか」
イグリットは舌打ちした。