第五十七話、アリゾム山

文字数 2,235文字

 牧場跡に立てこもるリボル達は夜襲におびえていた。鉱山暮らしで夜目の利くドワーフたちはたいまつを待たずに近づいてきた。人間の兵は、周辺に火をたき、見張りを置いた。ドワーフは周辺を回るように、鎧の音が鳴らしながら、石垣に近づいてくる。

 暗闇、草むら、かがり火に反射し、ドワーフの目が光っている。


「野生の熊かよ」


 バナックは槍を持って戦っていた。暗闇の中では馬は使えない。弓も至近距離でなければ使えなかった。

 毎夜、ドワーフは攻めてきていた。石垣を壊そうとしてみたり、乗り越えてきたりもするが、本腰で攻めてくる様子はない。いずれは来ると、皆が思っていた。交代で眠っているとはいえ、武具の音を鳴らしながら近づくドワーフを前に熟睡できる者は少ない。兵の疲労はたまっていた。

 








「左の斜面に罠が仕掛けてあります。お気を付けください」


 ゴキシンは言った。オラノフ率いるドワーフの部隊は山中を移動していた。間者としてアリゾム山に長く潜入していたゴキシンは先頭に立ち案内をしていた。

「砦にいないとなると、奴らはどこに行ったのです」


 オラノフは言った。何人か兵を出し山頂の砦を見に行かせた。岩場の多い場所で、砦の建物は燃えて崩れ落ちており火はくすぶっていた。外壁もほとんど打ち壊されており廃墟となっていた。


「山の中でしょう」


「逃げたということはないのでしょうか」


 敵にとられるよりは防衛拠点を燃やして逃げるという考え方は珍しいものではない。


「彼らは山の男ですよ。そう簡単に山を明け渡すものですか」


「それはやっかいですね。彼らを倒さない限り、アリゾム山を占拠したとは言えないということになる」


「ええ、しかしそう簡単にはいきませんよ。アリゾム山は彼らにとって庭同然です。いつどこで襲われるかわかりません」


 斥候を出しているが、帰ってこない部隊があった。


「守りながら戦わねばならないということですか」


 オラノフはひげをしごき考え込んだ。


「ゴキシン殿、失礼だが、先ほどからの、あなたの言動はどちらの味方なのかわからない」


 オロノフの部下が言った。


「申し訳ない。長く、彼らと共にいたせいか。どちらに肩入れすればいいのか。忘れてしまうのですよ」


 ゴキシンは寂しそうに笑った。







「やっぱり罠には引っかかってくれないか」


 ファバリンは山中の岩陰からドワーフの様子を見ていた。


「ドワーフの斥候が罠の位置を書いた地図をもっていました」


 四人のドワーフを二十人で囲んだ。それでも二人犠牲が出た。


「ゴキシンだな」


 罠の位置は定期的に変えているが、その位置まで詳細に書かれていた。


「ええ、先頭にたって道案内しているようです」


「やっかいなのが敵になったな。いや、最初から敵だったのか」


「五十年の長きにわたって潜伏するとは、寿命の長いドワーフだから成立する芸当です」


「それだけ長いこと、ドワーフは、この山をよだれを垂らして見続けていたってこったな」


「よほどいい鉱脈があるのかもしれません。ひょっとしたら、他にもそういう山があって、そのうちの一つだったのかもしれません」


「気の長いこった」








「あの煙は何なんでしょう」


 プレドがアリゾム山の頂上付近を見ながら言った。スプデイルに率いられ山のふもとで待機していた。何か様子がおかしかった。


「何か燃えているのう」


 ゴプリが言った。


「砦が落ちたんですかね」


「いくら何でも早すぎるだろう」


 ドワーフが山についてまだ一日も経っていない。


「のろしですかね。助けてくれみたいな」


「にしては、ずいぶん燃えているの」


 風向きによってはここまで煙の臭いがする。

 ゴプリは首をかしげた。








「砦を燃やしたのか」


 リボルは、アリゾム山山岳部隊からの報告を聞き驚いた。


「ええ、燃やしました。きれいさっぱり」


 伝令であるマッチョムは答えた。


「燃やしてどうするのだ」


「山に籠もります」


「砦でいいのではないか」


「それじゃあ勝てません。こちらの情報は筒抜けでしたからね」


「山にいたって同じだろ」


「砦にいるよりましですよ。砦は一カ所しかありませんからね。山はだだっぴろいですから、いくらでも隠れられます」


「しかし、しばらく砦で戦ってもよかったのではないか。その後、山に籠もればいい」


「それじゃあだめです。砦が落とされたら、俺たちの負けは確定です。山の所有権はドワーフにうつったとお偉方はそう判断するかもしれません。俺たちは、ただの敗残兵になっちまいます。ですが、こっちで燃やせば別です。そういう作戦ということになりますからね。俺たちが残っているうちは、山をドワーフが占領したとはいえなくなります」


 リボルは少し考えた。

 一理あった。確かにドワーフに砦が落とされたとなると、アリゾム山がドワーフに占拠されたと考える者があらわれるかもしれない。もし領主であるイグリットがそう考えれば、ドワーフとの間で交渉が行われ、何らかの協定を結ばれるかもしれない。

「わかった。燃やしてしまったものは仕方が無い。そういう策であると領主様にも伝えておく。歩兵を五百送っておいた。砦に向かっていると思うから、そちらの方でうまく活用してくれ」


 伝令を送り返した。



「動きながら戦うか」


 伝令が去った後、リボルは一人つぶやいた。

 ドワーフ相手に足を止めて守りに入るより、山中で動き回った方が、足の遅いドワーフ相手には有効なのかもしれない。そう考えると、夜間の襲撃におびえながらも牧場跡の守りを固めていることが、正しいことなのか自信が持てなくなった。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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