第四十七話、リザードマンの長老
文字数 3,313文字
石と石の間にドロと苔を挟み、屋根は木とストロー状の植物を積み重ね作っていた。石で囲った暖炉があり、部屋の中はずいぶん暖かった。ジダトレと領主の長男であるアズノルは、領主の親書を携え、リザードマンの長老に会いに来ていた。
アズノルとジダトレの前にはリザードマンの長老が横に長い石で作った椅子に座っていた。アズノルとジダトレも同じような椅子に座っていた。
ロゴロゴスと名乗る背丈が三メートルほどある大きなリザードマンが言った。リザードマンは年と共に大きくなる。
横にいるジダトレは会釈した。
長く、人の近くで過ごすうちに、ロゴロゴスは人の顔を識別できるようになっていたが、人間の細かい地位の上下までは理解できなかった。その細かい地位の上下が人にとっては大切なことであると言うことは理解していた。
何件か貴族の屋敷を襲った盗賊団があらわれ、当時サロベルの警備隊長であったジダトレが捜査していた。夜間に湖を移動した不審な集団を見たと目撃証言があり、その縁でリザードマンの長老とは何度か話をした。リザードマンの協力を得、捜査したところ、湖底に、盗賊団は陶器や宝石類など盗んだ品の一部を、湖に沈め保管していることがわかった。そこで、リザードマンに湖の監視を頼み、再び訪れた盗賊団をとらえることに成功した。
ジダトレより、若いアズノルという領主の息子の方が地位が高いであろうと言うことは、なんとなく察していた。
ロゴロゴスは首をかしげた。
「私は漁師ではありませんので、その辺りのことはさっぱりわからないのですが、お互いの言い分もあるでしょうし、この手の議論はいくら話し合ったところでお互いなじり合うだけで、平行線のまま終わり、徒労に終わるだけです。そこでですね。これを機会に、いっそ、分けてしまった方がよろしいのではないかと、我々は考えたわけです」
サロベル湖は南北に長い形をしている。
ドワーフと戦えば漁場を分けてやる。そう言いたいのだとロゴロゴスは理解した。
必ずしも悪い話ではない。もとより、リザードマンは自分たちが食べていける量の魚があればいい、そう思っている。ドワーフの提案のように、サロベルの人間を追い出して、湖を我が物にするより穏当で確実性が高い話だ。結論は別として、相手がどれだけ譲歩するか、ロゴロゴスは確認しなければならなかった。
「そうはいっても、現実的に人間の漁師はいます。今までは何となく漁場を棲み分けていましたが、魚の数が少なくなれば、そうも言ってられませんよ。どこかで押し合いへし合いの争いになってしまうのではないでしょうか。そうなればお互い困ったことになります」
アズノルは眉をしかめ、わざとらしく両手を挙げた。もし押し合いへし合いになれば、戦力の少ないリザードマンに勝ち目など無い。しかも、リザードマンは冬場はほとんど動けない。
人間にのみ、という表現に、アズノルは少し引っかかった。少し前の話に、様々な手段で、という言葉もあった。ドワーフに荷担する可能性をにおわせた。あるいはすでに接触があったのか。
ロゴロゴスは鼻腔を少し広げた。おそらく驚いているのだろう。
リザードマンは雑食性ではあるが、主食は魚である。食糧がなくなれば人間は湖の魚を捕り尽くす。そうなれば、リザードマンにとっては死活問題になる。
岩でできた小さな島があった。ただその位置は、真ん中からはほど遠く、リザードマン側から見て湖全体の三分の一の位置にあった。しかも湖は南側の方が膨らんでいる。この条件ではかなり不利だった。
アズノルは湖の地図を懐から出し指でさした。
「アズノル殿、我らの生活圏を奪う気なのか。ラベル川周辺には、多くのリザードマンが住んでいるではないか。人が現れ徐々に場所を譲ってきたが、百年も昔は、もっと南のスルベル川の河口付近に暮らしていた者もいた」
「百年も昔のことを言われても困りますよ。今の現状を元に考えるべきです。スルベル川で南北に分けてしまうと、サロベルの人間の漁師は池で釣りするようなものです。ちょうど、ラベル側の下辺りに桟橋があります。あの辺りを中間地点にしてはどうでしょう」
地図で見ると半分より少し上、面積で言うと、五分の二。
面積で言えば半分に満たないが、魚が多く捕れる漁場をいくつか押さえていた。噴火の件とあわせると悪くない話だと思った。
二日後に会う約束をして、アズノルとジダトレはサロベルの町の宿に帰った。