第四十七話、リザードマンの長老

文字数 3,313文字

 石と石の間にドロと苔を挟み、屋根は木とストロー状の植物を積み重ね作っていた。石で囲った暖炉があり、部屋の中はずいぶん暖かった。ジダトレと領主の長男であるアズノルは、領主の親書を携え、リザードマンの長老に会いに来ていた。


「お初にお目にかかります。アズノルと申します。領主の父、イグリットの代理として伺いました」


 アズノルとジダトレの前にはリザードマンの長老が横に長い石で作った椅子に座っていた。アズノルとジダトレも同じような椅子に座っていた。


「よくきた。私はリザードマンの長老、ロゴロゴスだ。あなたたちを歓迎する」


 ロゴロゴスと名乗る背丈が三メートルほどある大きなリザードマンが言った。リザードマンは年と共に大きくなる。


「こちらはジダトレ、オラム砦の副司令官です」


「ジダトレです」

 横にいるジダトレは会釈した。


「何度か、あったことがある。ずいぶん昔の話だが、盗賊が出たとか。その時は、別の、職であったな」


 長く、人の近くで過ごすうちに、ロゴロゴスは人の顔を識別できるようになっていたが、人間の細かい地位の上下までは理解できなかった。その細かい地位の上下が人にとっては大切なことであると言うことは理解していた。


「はい、十五年ほど前でしょうか。私が警備隊長の頃です。あの時はお世話になりました」


 何件か貴族の屋敷を襲った盗賊団があらわれ、当時サロベルの警備隊長であったジダトレが捜査していた。夜間に湖を移動した不審な集団を見たと目撃証言があり、その縁でリザードマンの長老とは何度か話をした。リザードマンの協力を得、捜査したところ、湖底に、盗賊団は陶器や宝石類など盗んだ品の一部を、湖に沈め保管していることがわかった。そこで、リザードマンに湖の監視を頼み、再び訪れた盗賊団をとらえることに成功した。


「盗賊の、話などではないのであろうな。領主の息子、アゾノル殿」


 ジダトレより、若いアズノルという領主の息子の方が地位が高いであろうと言うことは、なんとなく察していた。


「ええ、もちろんです。ドワーフが我らの領地に攻め入っていることをご存じですよね」


「ああ、知っている」


「リザードマンの皆さんにご助力をお願いしたいのです」


「我らにドワーフと戦えというのか」


「サロベル湖の漁師から、魚の取る量が少なくなったという話を聞きました」


「それは人間の漁師が、一体何の話だ」


 ロゴロゴスは首をかしげた。


「私は漁師ではありませんので、その辺りのことはさっぱりわからないのですが、お互いの言い分もあるでしょうし、この手の議論はいくら話し合ったところでお互いなじり合うだけで、平行線のまま終わり、徒労に終わるだけです。そこでですね。これを機会に、いっそ、分けてしまった方がよろしいのではないかと、我々は考えたわけです」


「分ける。どういうことだ」


「漁場を分ければいいのではないでしょうか。南と北、人とリザードマン、漁業権を分けてしまえばよろしいのではないでしょうか」


 サロベル湖は南北に長い形をしている。


「我らリザードマンは遙か昔から、この地で漁をしていた。それをなぜ分けねばならん」


「では、人に漁はさせないというお考えなのでしょうか」


「いや、そうはいっていない」


「では、どうなさるおつもりで」


「人が、魚を捕る量を減らせばいいではないか」


「どうやって」


「それは人が考えることだ」


「ですから、人とリザードマン、魚が捕れる場所をお互い決めてしまえばその問題は解決できるのではないですか」


「なるほど、それが、条件か」


 ドワーフと戦えば漁場を分けてやる。そう言いたいのだとロゴロゴスは理解した。


「いかがでしょう。お互いにとって悪い話では無いと思うのですが」


「さっきも言ったが、湖は元々我々が漁をしていた場所だ。分けて貰う必要性はない」


 必ずしも悪い話ではない。もとより、リザードマンは自分たちが食べていける量の魚があればいい、そう思っている。ドワーフの提案のように、サロベルの人間を追い出して、湖を我が物にするより穏当で確実性が高い話だ。結論は別として、相手がどれだけ譲歩するか、ロゴロゴスは確認しなければならなかった。


「そうはいっても、現実的に人間の漁師はいます。今までは何となく漁場を棲み分けていましたが、魚の数が少なくなれば、そうも言ってられませんよ。どこかで押し合いへし合いの争いになってしまうのではないでしょうか。そうなればお互い困ったことになります」


 アズノルは眉をしかめ、わざとらしく両手を挙げた。もし押し合いへし合いになれば、戦力の少ないリザードマンに勝ち目など無い。しかも、リザードマンは冬場はほとんど動けない。


「我々とて、別段人と争いたいとは思ってはいない。だが、争わなくてはいけないのなら、様々な手段で、争うしかない」


「それは恐ろしい。しかし人と争い血を流すより、いっそドワーフと戦ってみませんか」


「ドワーフと戦う理由など我々にはない。人と、ドワーフの争いに何の関係もない我々が人間にのみ、荷担するのはいいこととは思わない」


「しかしこのままいけば、湖を巡る争いは激化していきますよ。それはお互いにとってメリットではないでしょう」


 人間にのみ、という表現に、アズノルは少し引っかかった。少し前の話に、様々な手段で、という言葉もあった。ドワーフに荷担する可能性をにおわせた。あるいはすでに接触があったのか。


「だからといって、ドワーフと戦うのは望ましくはない。湖を巡る争いは問題だが、命をかけるほどのメリットはない」


「食糧の問題はこの地に住むもの、全員に関わる問題ですよ。特にこれからは」


「どういうことだ」


「ドワーフがなぜ攻めてきたのか、その理由をご存じですか」


「いや、わからない」


「ギリム山が近々噴火するためです。住んでいるところが使えなくなるため、新天地を求め攻めてきたのです」


「噴火、するのか」


 ロゴロゴスは鼻腔を少し広げた。おそらく驚いているのだろう。


「ええ、そうなると、この戦いの結果がどうであれ、食糧問題はかなり深刻化します。その影響は当然サロベル湖にもかかわってきます」


「なるほど、確かに」


 リザードマンは雑食性ではあるが、主食は魚である。食糧がなくなれば人間は湖の魚を捕り尽くす。そうなれば、リザードマンにとっては死活問題になる。


「どうでしょう。湖の真ん中辺りに小さな島があるでしょう、あの辺りで南と北に分けてしまうと言うのはどうでしょう」


「あそこは真ん中などではない。なにをいっているんだ」


 岩でできた小さな島があった。ただその位置は、真ん中からはほど遠く、リザードマン側から見て湖全体の三分の一の位置にあった。しかも湖は南側の方が膨らんでいる。この条件ではかなり不利だった。


「ではこちらあたりでどうでしょう。ラベル川の手前辺りで」


 アズノルは湖の地図を懐から出し指でさした。


「アズノル殿、我らの生活圏を奪う気なのか。ラベル川周辺には、多くのリザードマンが住んでいるではないか。人が現れ徐々に場所を譲ってきたが、百年も昔は、もっと南のスルベル川の河口付近に暮らしていた者もいた」


「百年も昔のことを言われても困りますよ。今の現状を元に考えるべきです。スルベル川で南北に分けてしまうと、サロベルの人間の漁師は池で釣りするようなものです。ちょうど、ラベル側の下辺りに桟橋があります。あの辺りを中間地点にしてはどうでしょう」


 地図で見ると半分より少し上、面積で言うと、五分の二。


「いやいやいや、すっかりアズノル殿に乗せられてしまった。そもそも、我々は人間と共にドワーフと戦う気など無いのだ」


「では、桟橋は差し上げます。これ以上の譲歩はできません」


「うむ、検討には値するな」


 面積で言えば半分に満たないが、魚が多く捕れる漁場をいくつか押さえていた。噴火の件とあわせると悪くない話だと思った。


「では」


「待て。私が勝手に決めていいものではない。皆の意見を聞いてから決めることになる」


「いいでしょう。しかし、あまり時間はありませんよ。ドワーフもいつまでいるかわかりませんから」


 二日後に会う約束をして、アズノルとジダトレはサロベルの町の宿に帰った。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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