第三十二話、アリゾム山の頭

文字数 2,360文字

「ドルフ王より返書を預かって参りました」


 ソロンはバリイ領領主であるイグリットにドルフ王からの返書を手渡した。領主の執務室である。


「ご苦労様です」


 イグリットはソロンから返書を受け取り、封を開けその場で見た。


「和解は無理か」


 イグリットは返書を部下に渡した。


「ドルフ王はどのような様子でしたか」


「私は中立な立場なので、彼に聞いた方がよろしいかと」


 ソロンはヘセントに目を向けた。


「私ですか。えーと」


 ヘセントは、ドルフ王との会談の様子、噴火の話、ドワーフの兵の様子などを述べ、ドワーフの目的が、アリゾム山ではないかという、シャベルトの推察を述べた。


「アリゾム山か」


 昔は山賊が多かったという知識ぐらいしか無かった。


「実際のところ、どうなのかわかりませんよ。ミスリルがあるのかもわからないですし」


 シャベルトは言った。


「ドワーフの本陣はフエネ平原ではなく南西に進んでいます。仮にミスリルがなかったとしても、アリゾム山という選択は悪くはないような気がします」


 昔、フエネ平原北部に森林地帯があった。暖を取るための薪や炭の材料として切りとられ、北風を遮っていた森林地帯は無くなった。肥沃な大地は、風にはぎ取られやせ細ってしまった。所々に湿地帯があり、夏は地面がひび割れるように乾燥し、冬になれば一面の枯れ野原、遮るものが無い北の風が吹き荒れる。屈強なドワーフといえど住みやすい環境とは言えない。それに比べれば、山に住むドワーフが別の山に移り住む、自然な発想のように思えた。


「仮にそうだとしてどうなさいますか」


 ソロンは問うた。


「さて、どうしたものか」


 イグリットは口を濁した。



 イグリットは、ソロンとシャベルトに改めて礼を言い、謝礼金を渡した。シャベルトはうれしそうに受け取り、ソロンは黙って受け取った。今後ともドワーフとの使者として間に立って欲しいと、ソロンに頼んだ。ソロンは渋々とだが引き受けた。ソロンとシャベルトは領主の館の一室にしばらく泊まることになった。

 人がいなくなった部屋でイグリットは地図を見つめていた。手元には強めの酒があった。


「アリゾム山か」


 それですむなら、という気持ちがあった。そう思わせることがドワーフの狙いだろうということもわかっていた。精強なドワーフの兵、領地全体が危ないのではと思わせておいて、アリゾム山という、人間にとってはあまり重要ではない土地を奪う。こちらとしてはそれですむならと言う気持ちが湧いてしまうのは仕方が無いことだ。

 奪われてからなら、それですんだのかもしれない。それですんだとあきらめがつくかもしれない。だが、まだ奪われていないのだ。しかも、ミスリルの鉱脈があるかもしれないという。奪われていないものを、すんなりと。


「渡すわけにもいかんだろう」


 酒を飲み干した。







「おかしな知らせがあった」


 アリゾム山山岳部隊司令官のファバリンが言った。アリゾム山の砦の司令室で、主立った者が集まっていた。


「何ですかお頭」


「司令官と呼べ。さっきリボル総司令官からの早馬が来て、ここに、ドワーフが攻めてくるかも、という書簡を受けとった」


 ざわついた。


「ギリム山のドワーフですか」


 デノタスが言った。


「そうだ。ギリム山のドワーフがここ、アリゾム山に攻めてくるかもしれん」


「まじですか」


「そうらしい。なんか噴火するとかで、いろいろあって、こっちに来るかもしれんとか」


「噴火? どういうことっすか」


「ギリム山が噴火するので、ギリム山のドワーフが、移住先に、アリゾム山を選び、こちらに攻めてくるかもしれないと言うことです」


 副司令官のエンペドが言った。


「そういうことだ」


「なぜここに」


「えー、それはだな」

「ここアリゾム山にミスリルの鉱脈がある可能性があると、ギリム山噴火に居場所を失ったドワーフは、ミスリル鉱脈があるアリゾム山を移住先と考え攻めてくる可能性があるそうです」


「そういうことだ」

「ミスリル、そんなものがここに、聞いたことがないですね」


「わたしもありません」


「俺もないな。鉱物なんて興味を持ったことがないからな。ゴキシンじいさんなら知っているかもしれないな」


「あの、ドワーフのじいさんですか。山菜採りの」


「ああ、俺がガキの頃から山にいるからな、あの頃からじいさんだったな。なんかいろいろ詳しいからよ。あのじいさんより、この山に詳しい人間はいないぜ」


「でも、最近見ないですね」


「そういやそうだな。山菜採りでもしてんだろ」


「間者なのでは」


 エンペドが言った。


「間者、ゴキシンじいさんがか」


「ええ、山菜採りなら、山のあちこちに移動していてもおかしくはないでしょう。しかもドワーフですし」


「おいおい、ドワーフだからと言って、みんな敵とはかぎらんだろう。それにあのじいさん相当昔からいるぞ。だいたい、この山の何を探ろうって言うんだ」


「ミスリルの鉱脈ですよ。それから、山の守りも。ドワーフの寿命はそもそも長いですからね。長い時間をかけてミスリル鉱脈のありかを探っていたのかもしれません。もし間者だったら、ゴキシンじいさんより山に詳しい者はいないのでしょうから、アリゾム山のことは、あらかた知られていると言うことになりますね」

「マジか、あっ」


 ファバリンは眉をひそめた。


「言っちゃいけないような情報をもらしたことがあるなんてことはないでしょうね」


 エンペドは横目でファバリンを見た。


「そんなことあるわけないだろ。それは、まぁ、後で調べるとして、ドワーフが来るとして、どうしようか」


「そりゃ、追っ払うしかないでしょう」


「そうだな」


「どうやって追い払うんですか。ドワーフは二千人いるそうですよ」


 山岳部隊は百五十人程度しかいない。


「山に引き込んで、やれば何とかなるだろう」


 ファバリンはひげをこすりながら言った。
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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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