第八十四話、アリゾム山山頂、その二
文字数 1,450文字
カプタルは子供の頃から戦場にいた。孤児だったのだろう。親の顔も、氏素性もわからなかった。傭兵団の中で養われ、矢を拾い武器を拾い、戦場で働いていた。
少し大きくなり、武器を使えるようになると、前線にかり出された。大人用の兜をかぶり、槍を握りしめた。背が低いドワーフの少年であるカプタルには何も見えなかった。血と汗と金属、ぎゅうぎゅうに詰められながら進んだ。無数の金属音が、近づいてきた。前が見えるようになった。敵がいた。たぶん敵だったと思う。カプタルは、槍を握りしめ目をつむった。「いてぇ」という声が聞こえた。カプタルが握りしめていた槍の穂先が、たまたま、目の前にいた敵の腹に刺さっていた。
「押し込め!」
誰かの声が聞こえたので、槍を押し込んだ。腹を刺された兵士は、くの字に曲がり、叫び声を上げた。カプタルの兜に何かが当たった。腹を刺された兵士が、苦し紛れに剣を振るっていた。それが、カプタルの兜に当たっていた。恐怖と怒りを感じた。
早く、くたばりやがれと、槍を突き振り回した。
少年とは言えドワーフの力である。槍がしなり、腹を刺された兵は腹をかき回されどこかへ転がっていった。
それからずっと戦場にいた。歳は二百をいくつかこえている。戦が好きというわけではない。ただそれしか知らないだけだ。いずれどこかの戦場でくたばるだろうと生きてきたが、その時はなかなか訪れなかった。あまりに死なないので、五十年ほど前から、鎧兜を着けるのをやめたが、それでも一向に死は訪れなかった。
人間の兵が槍をこちらに向けて、じりじりと近づいてきた。
人が五人ほど並べば、いっぱいになるような道幅である。カプタルは鉄の棒を手に歩いた。
武器はいろいろ使っているが、最近は中を空洞にした鉄の棒を使っていた。これで思いっきり殴りつけるか突く。頑丈で、切れ味も刃筋も気にする必要性が無いところが気に入っている。
数人の人間の兵が槍で突いてきた。それを鉄の棒で何度か払う。
前に踏み込み、目の前の兵の喉を鉄の棒で突く。柔らかくめり込む。引き抜き、左にいる別の兵に向けて鉄の棒を振る。頭に当たる。心地よい音がする。兜ごと頭蓋骨がへこんだ。
敵兵の隊列の中に潜り込む。鉄の棒を突き上げる。あごに刺さり、歯がこぼれ落ちてくる。膝に打ち込み腹を突く。手当たり次第殴りつける。倒れた相手を踏み抜く。混乱が広がるが狭い一本道、対処もできず、人間の兵は、鎧兜すら着けていない一人のドワーフに翻弄されていた。
ダナトリルは悲しげな顔をした。
モーバブは厳しい顔で答えた。
ダナトリルは少し困った顔をした。
問題は犠牲の方だ。
ダナトリルは檄を飛ばした。