第六十話、牧場跡の攻防
文字数 2,427文字
朝方、バナックは少しうとうとしていた。毎夜来ていたドワーフの襲撃はなかった。だからこそ危ないのだという気持ちと、ああ、こなかったという気持ちが兵の間で入り交じっていた。
スタミンが声を上げた。
千人ほどのドワーフが朝日を背に東から進軍してきていた。
慌てて跳ね起きる。東の壁に並んだ。
ドワーフは広めの間隔で並び、ゆっくりと近づいてきた。
弓をもった兵が前に出た。ドワーフの歩みは遅い。まだ弓を構えてはいない。
盾を持ったドワーフの兵が前に出た。体がすっぽり入る木製の盾である。
南側、ミスリル合金に身を固めたドワーフに雇われた騎馬隊が、矢が届かない距離で西に進んでいた。
リボルが言った。
ドワーフの職人が作ったミスリル合金の鎧を身につけた騎馬隊は、朝日に反射し銀色に輝いていた。
バナックは他の傭兵にも声を掛け馬の手綱を引いた。
スタミンが言った。東の壁の兵がクロスボウを構えた。
ドワーフが近づいてくる。
ドワーフの持つ盾に矢が突き刺さる。盾を持っていないドワーフは斧を顔の前に矢を防いだ。
ドワーフは前に進む。石垣の前に来ると、土が詰まった土嚢を五、六袋抱えたドワーフが前に出てくる。矢が土嚢を抱えたドワーフに集中するが、盾を持ったドワーフがそれをカバーする。
弓隊が下がり、槍を持った兵が前に出る。槍で楯を突く、叩きつける。土嚢袋を抱えたドワーフの兵が石垣の前に来ると、もっていた土嚢を倒すように放り投げる。それを何度か繰り返すと、石垣の前に土嚢で作った斜面ができあがる。
そこを、ドワーフの兵が駆け上がる。
させじと、槍で突く。
槍で突かれドワーフが転げ落ちる。
身長ほどの長さの戦鎚を肩に、ベリジが積み上げた土嚢の上を走る。
槍が一斉に襲いかかる。ミスリル合金の鎧に当たる。槍は軽い金属音を出し、はじかれる。ベリジは戦鎚を振り槍を払う。
槍をかき分け石垣の内側にベリジが降り立つ。
人間の兵が槍で突こうとする。
槍を鎧で受けながら、ベリジが戦鎚を振り下ろす。人間の兵の肩の辺りに当たり、そのまま地面に叩きつぶした。
ベリジに続き、他のドワーフが石垣を越えてくる。
盾と槍を持った人間の兵が、石垣の内側に降り立ったドワーフを押しながら槍で突く。人間の盾は木の上に鉄板を貼っており、ドワーフの斧でも容易には壊せない。ドワーフは石垣の内壁に押し込まれていく。盾に押し込まれ、斧を自由に振り回せない。身動きがとれなくなり槍でつつかれドワーフたちは倒れていく。
ベリジが戦鎚をハンマー側ではなく先端が尖っているピック側で、上から鉄板を貼った盾に叩きつけた。鉄の板を張り付けた盾に穴が空き、鉄板の下の、木の部分が割れる。二三度叩きつけると盾が壊れる。ベリジは体をねじ込むように前に踏み出し、盾が壊れた兵の頭を戦鎚で殴りつける。頭のつぶれた人間の兵ごと押し込んでいく。盾による包囲が少し崩れ、ドワーフが押し返す。
スタミンが檄を飛ばす。
人間は盾で叩くように押しながら、盾の隙間から槍で突く。
負けじとドワーフの兵が盾に斧を振り下ろす。盾が壊れれば己の腕が切り刻まれる、人間の兵は、おびえながらも、肩を当てるように盾で押し込み、槍で突く。
ベリジが戦鎚を振るい盾を、腕ごと壊す。その後をドワーフの兵が続く。
人間の兵は後を気にしだした。幾重にも守りは構築してある。
ドワーフに徐々に押し返され、人間側の圧力がふいに弱くなる。崩れた。
人間の兵は土嚢を積み上げて作った壁の内側に退避した。石壁より高く、土嚢の壁の回りは溝が掘られている。何人か取り残され無残に殺された。
ドワーフは石垣の中に流れ込む。盾を持った兵を複数箇所に配置した。
人間の兵が土嚢の土壁の上から、矢を打ち込む、盾を持ったドワーフは盾を上に掲げ、矢を防ぐ。盾を持っていないドワーフの兵は盾を持っている兵の後にしゃがみ込む。ミスリルではなく鋼の鎧を着た兵が多いため、クロスボウの矢は当たり所によっては、ドワーフの鎧を貫通した。
ドワーフは石垣の外側から、クロスボウで応戦する。数は少なく、目があまりよくないため、命中率は悪いが、当たれば人の頭を兜ごと吹き飛ばした。
ドワーフは、はしごを持ち出した。近くの森林から切り出して作ったものだ。ドワーフの体型に合わせ横幅に広く作られている。
はしごをつぎつぎと立てかけ、その上をのぼっていく。乾燥しておらず掴むと少ししなる。
はしごを登るドワーフは人間の兵に槍で小突かれ、至近距離でクロスボウを放たれ、落ちる。はしごの下では溝を埋めるため、土嚢が投げ込まれる。
煮えたぎった油がまかれる。肉の焼ける臭いと悲鳴、ドワーフの皮膚は、人の皮膚より若干、分厚い。それでも地面に転がり回り、鎧兜を脱ぎ捨てようとする。そこを矢で狙われる。油を掛けられても耐えてはしごを登ろうとする者もいる。槍の石突きで小突かれ、はしごを槍で外され落ちる。
ベリジが戦鎚の尖った方で土嚢で作られた土壁に叩きつけた。土嚢に深々と突き刺さり、中に入った土が漏れ出す。他のドワーフもそれぞれの武器で土嚢でできた土壁を崩し始めた。
ベリジの体に油がかかった。煮えたぎった油がミスリルの鎧の隙間に入り込み皮膚を焼く。痛みに耐えながら、ツルハシのように戦鎚を振るい突き刺し引き抜く。土壁の一角が崩れる。人間の足が見えた。ベリジは掴んだ。引きずり、足で踏みつぶす。崩れた土壁を体を丸めよじ登る。槍で突かれるが、びくともしない。ベリジは、よじ登った。