第七十三話、アリゾム山の攻防三

文字数 2,047文字

「槍隊側面を突け」

 スプデイルは盾兵で足止めしたドワーフの左右に槍隊を進めた。


「右はお前に任せた。左は俺がやる。真ん中は適当に押しておけ」


 ノードマンは指示を出した。


「了解」 


 ヘレクスは兵を何人か連れ、右の槍兵に対応した。

 ノードマンは左の槍兵に向かい、残った兵は正面の盾兵に対応した。矢がドワーフの背を射っている。ヘレクスが多少背後を気にしている。

 二百五十対八十、正面に盾兵、左右に槍、背後に弓矢を放つ山岳兵およそ七十、ドワーフは全面を囲まれいる。


「おらー!」


 ノードマンは槍隊に近づき斧を振るう。槍が跳ね上げられ折れるものもある。そのまま体を丸めて前に出る。横殴りに斧を振る。人間の兵の腕が飛ぶ。他のドワーフも兜を前に近づいていく。

 急ぐことはない。つつき殴られゆっくりと、ドワーフは近づいてくる。人間は後ずさる。圧倒的に優位なはずなのだ。完璧に囲んでいる。ドワーフは気にしない。囲まれているなら、斧を振り回しやすいじゃないか。そう、考える生き物なのである。


「ぼうず、落ち着いていけ」


 まずは様子見だ。とゴプリは小声で言った。


「はい」


 ゴプリとプレドはドワーフから見て左の槍隊にいた。


「あれには手を出すな」


 ゴプリは何人かのドワーフを指さした。その中にはノードマンも入っている。


「はい」


「生き残りたきゃ強えー奴と戦わんことだ」


「はい」


「あそこの真ん中ら辺の奴をやろうぜ。よし、前に行け」


「はい」


 プレドは槍を構え、少し右に移動する。音。血しぶきが飛んでいる。贓物が飛んでいる。恐怖が膨らんでくる。足が止まる。後ろを見る。背後に師がいる。槍を握りしめる。前に出る。味方がまばらに、視界が徐々に広がっていく。

 ドワーフが見える。

 斧。


「右肘をついてやれ」


 師の言葉。


「わああ!」


 突く。

 防具の隙間、引っかかるように、少しだけ刺さった。


「押し込め」


 押す。体をそらすように押し込む。足は進まない。

 槍の刃先が、するりとドワーフの骨を削り肉の中へ入り込む。抜ける。ドワーフの太い腕を槍の刃先が抜けた。

 プレドは槍を抜こうとする。

 動かない。ドワーフが槍を握っていた。

 前に引っ張られる。

 プレドは前に倒れ込む。


「ひぃ」


 目の前にいるドワーフが斧を振りかぶっている。


「上出来」


 ゴプリが横にいた。

 ゴプリの槍がドワーフの喉を深く突き刺していた。

 ドワーフの斧が力なく落ちた。








 オラノフ達は東に進んでいた。かすかにだが戦闘の音が聞こえる。


「戦っているのでしょうか」


 ゴキシンは不安げな表情をした。


「ええ、おそらくそうでしょう」


 オラノフは言った。


「その、もう少し急いだ方がよろしいのでは」


 人間の兵二百五十を見つけたと聞いている。


「ここは岩場です。急げば転げます」


 罠を避けるため、足場の悪い道を選んでいた。


「そうですが」


「なに、簡単に死ぬような奴らじゃありませんよ」


 オラノフは、額の汗をぬぐいながら、なぎなたを杖代わりにゆっくり下った。


「そうですよね」


「後悔していますか」


 オラノフは問うた。


「行ったり来たりと言ったところでしょうか」


 ゴキシンは長年アリゾム山で間者として働いてきた。五十年という歳月、ここアリゾム山で人と共に過ごしてきた。人間を敵と割り切れていないことを自覚していた。


「戦も、行ったり来たり、後悔がなくなることはありません」


「戦が起こらなければよかったのに、そう考えてしまいます。何とかできなかったのだろうかと、そう考えてしまいます」


「それは」


 やろうと、思えばできたかもしれない。ゴキシンがドワーフを裏切り、アリゾム山にミスリル鉱山があると、人間側に伝えていたら、人間はアリゾム山の守りを固め、戦は起こらなかったかもしれない。だが、やらなかったのだ。


「身勝手ながら考えてしまうのです」


「揺れているのですな」


「はい」


「こたびの戦が起こった原因は、人間側に備えがなかったからです」


「備えですか」


「ええ、我々ドワーフが攻めてくると考えてはいなかった。そのための軍備を怠っていたことが原因です」


「ドワーフが悪いわけではないと」


「いえ、悪いのはドワーフです。こたびの戦、ドワーフに正義はありません。ですが、戦争は善悪で起こるものではありません。備えがなければ起こりやすくなり、備えがあれば起こりぬくくなります。人間側に備えがあれば、ドワーフは別の道を選んだかもしれません」

「少し身勝手な言い分に聞こえますが」


「ええ、身勝手です。ですが軍人から見た戦争というものはそういうものなのです。正しい戦争であれ、間違った戦争であれ、戦争というものは備えのないところで起こりやすくなるものです」


「かもしれませんな」


「互いに備えていれば、戦争は起きにくくなります。ドワーフは備えた。あなたは備えた。だが、人間は備えなかった。それが戦争です」


「なにやら、ずいぶん身勝手な、へりくつのように聞こえますな」


 少し笑った。


「何とでも言ってください。さぁ、足場もよくなってきた急ぎましょう」


 歩みを早めた。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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