第九話、エルリムの壁、ドロワーフ
文字数 2,457文字
ドワーフの兵はエルリムの東で野営していた。火をおこし、簡易の鍛冶場を作り、前の戦闘で傷ついた武具の修理を行った。
ドワーフの兵の数も少し増え、六百人いた兵が七百人ほどになっていた。ドワーフの兵達は川を渡る時に乗ってきた筏を解体し、石壁を乗り越えるための、はしごを作っていた。木材が無くなればそこらに生えている木を切り作った。石壁の高さは三メートル程度、それに合わせはしごの長さを調節した。
水の入った大きな鉄鍋に、毛をむしり血抜きし、ぶつ切りにした鶏肉と米をいれ、木の実や香辛料を入れ煮る。ドワーフの兵はそれを器に入れうまそうに食った。腹がふくれるとドワーフの兵は鎧を着たまま、ごろりと寝転んだ。寝息が聞こえる。
夜襲を行うことをエルリムの人間の兵は何度か考えたが、洞窟の中で生活をしているドワーフは夜目が利く、隙だらけに見えて、罠かもしれないと、その案は見送られた。
朝、ドワーフの兵は水を飲みパンを少し食べた。
それから、泥を顔に塗りたくり、鎧の隙間にも泥を詰めた。泥水を頭からかぶり、エルリムの壁に向かい歩き始めた。
壁に向かってくるドワーフの兵に、人間は弓矢や投石や魔法で応戦した。先頭のドワーフの兵は身の丈をこえる大盾を構え、防いだ。盾に防がれなかった矢はドワーフに当たるものの、鎧に通じず、たまに鎧の隙間に刺さっても、ドワーフは気にせず前に進んだ。魔法に関しても同じようなものだった。ミスリルは魔法をはじく性質を持っている。集団で密集するとその効果はさらに高くなる。どのような魔法であれ、その根源である魔力をはじかれれば、威力は半減する。魔法の矢が、ドワーフに当たる前に弱まり当たりはじかれる。エルリムの法力部隊は投石機の石に風の魔法を使った。風の力をまとった石は、勢いよく飛んだ。加速した石がドワーフに当たる。ドワーフの兜や鎧に、石の塊が降り注ぐ。人なら昏倒するような打撃にドワーフの首と頭は耐えた。洞窟に住むドワーフは落盤事故に遭う可能性があるため丈夫な頭蓋骨と首を有していると言われている。
大型の弩が設置されていた。弓は固定されており、滑車で弦をひき、太めの矢を放つことのできる兵器である。鉄よりもミスリル合金の方が固いため、鉄のやじりでは鎧が厚い部分などでは貫通しないが、薄いところなど当たり所によっては、貫通する場合もあった。威力もあるため、頭などに当たるとドワーフといえども衝撃で昏倒する場合もあった。ただ大型の弩の数が少なすぎるため、ドワーフの進軍を止めるほどの被害をあたえられてはいなかった。
徐々にドワーフたちは石壁に近づいていた。人間の兵は矢をつがえ、石を放った。
石壁近くに来ると、ドワーフの兵は、石壁にはしごをかけようとした。人間の兵はそれをさせじと、槍ではしごをはねのけた。はしごには壁に食いつくようなフックがつけられている。ドワーフは、はしごを押さえつけるようにしがみつき固定する。はしごを固定しているドワーフの背中を別のドワーフが乗り越え駆け上る。早くはない。のぼってきたドワーフを人間の兵は槍で突く。動きが遅く、鎧も重いため、簡単に転げ落ちる。
あご下にある鎧の隙間を槍で突かれることもあった。たいていのドワーフは胸元までたれる立派なあごひげをはやしている。あごひげを血などの汚れから守るため、ひげ隠し、またはひげ袋と呼ばれる布で覆い、あご当てと首当ての間から布で覆ったあごひげを通している。そのため、あごから首筋にかけ、どうしても鎧に隙間ができる。はしごを登り切った瞬間、首元が無防備になり、そこを突かれる。あごひげを剃ってしまえばいいだけの話なのだが、ドワーフという生き物は、ひげに強いこだわりと愛着を持っている。ひげをそり落とすという刑罰がある部族もいる。
エルリムの守りを任されている司令官フロスが言った。
人間の兵は、長斧をはしごに叩きつけた。何度か繰り返すとへし折れドワーフごと落ちた。はしごの数が徐々に減っていく。はしごで壁を乗り越えたドワーフもいたが、それほど多くはなく、すぐに人間に囲まれ槍で突き刺され死んだ。
東の門から、大きな音がした。
他のドワーフと比べ頭一つ分高い赤毛のドワーフが、奇妙なうなり声を上げ、門をハンマーで叩いていた。
エルリムの石壁には東西南北に四つの門があり、東側の木製の扉を赤毛のドワーフがハンマーで叩いていた。赤毛のドワーフがハンマーを叩きつけるたびに木製の扉が内側にたわみ、みし、みし、と音を出した。
人間の兵の一人が言った。
フロスは、ドロワーフとつぶやいた兵に問うた。
ドロワーフは丸太のように太い腕でハンマーを振るった。扉の内側に亀裂が走った。
フロスは指示を出した。
兵達は扉に板を打ち付け補強し、たわむ扉を棒で押さえた。
矢は放っている。ただ、ぱんぱんに張った筋肉の所為か矢が肉にはじかれ刺さらず、顔を狙っても、兜やハンマーで巧みに避け、ハンマーを打ち込んでくる。石の塊を思いっきりぶつけても、片手で受け止め、うんがーと投げ返し来る。大型の弩は近すぎて下に放てない。
門の上にいる兵が、煮えたぎった油を持ってきた。それをくみ上げまく。ドロワーフに当たる。あちあちと、しばらく地面を転がり回り、起き上がり扉の前に立ちハンマーを振り上げる。
振り下ろす。揺れる。
フロスは叫んだ。