第七十六話、ドワーフの砦
文字数 1,603文字
小屋の中に、穴があった。ドワーフが一人出入りできる程度の小さな穴だ。一年ほど前から、資材と食糧を備蓄しながら、少数のドワーフで、丘に穴を掘り続けていた。
出入り口周辺は少し窪地になっている。
トンペコは聞いた。この場には、メロシカムとドロワーフもいる。夜、外は雨が降っている。
ダレムを見つめた。
降伏という言葉に、トンペコは動揺した。
意味がない。逃げられるなら、逃げた方がいい。人間に降伏すれば、ただ捕まるか、ただ殺されるか、どちらかなのだ。ドワーフにとって得することは何もない。
血の臭いがしたような気がした。
夜、雨の中、リザードマンのピラノイは見回りをしていた。直接戦闘に参加しない若手のリザードマンの仕事である。
水中の魚を主食にしているリザードマンは、水の中の匂いをかぎ分ける能力を持っている。
地面に四つん這いになり、鼻を地面の水たまりに近づけた。
やはり、血の臭いがした。おかしなことではない。ここは戦場だ。雨に流れて、血の臭いがするのはおかしなことではない。だが、少し。
傷口の消毒などに使われる薬草の匂いがした。
薬草の匂いがしてもおかしくはないのだが、ピラノイは少し気になり、他の見張りのものに声を掛け、調べに行くことにした。
ザレクスは営舎で報告を受けていた。
副官のベネドは営舎から飛び出した。
トンペコは泣いていた。
夜、雨の中、北へ向かって移動していた。足を怪我して動けないものは、担いで移動した。
負けた。とは言えない。これだけの兵力差があって、よく戦ったと言ってもいいだろう。だが、逃げているのだ。雨の中、夜陰に紛れ逃げているのだ。砦にはダリムや、怪我をして動けない仲間がいる。逃げているのだ。
メロシカムがトンペコに近づき小声で言った。
慌てて涙をぬぐった。
トンペコは顔を上げた。
一人のドワーフが駆け寄ってきた。
姿を見なかった。
トンペコは北へ向かった。
メロシカムは弓矢をもった兵を十人ほど残し、置いていった荷物で即席のバリケードを作った。
雨の中、馬蹄が聞こえた。