第七十六話、ドワーフの砦

文字数 1,603文字

「ここから逃げてもらう」


 小屋の中に、穴があった。ドワーフが一人出入りできる程度の小さな穴だ。一年ほど前から、資材と食糧を備蓄しながら、少数のドワーフで、丘に穴を掘り続けていた。


「どこに出ているんですか」


「砦の外の北東の斜面に出る」


 出入り口周辺は少し窪地になっている。


「全員ですか」


 トンペコは聞いた。この場には、メロシカムとドロワーフもいる。夜、外は雨が降っている。


「いや、私と動かせない重傷者は残る」


「どうするんですか」


 ダレムを見つめた。


「降伏する」


「降伏、本当ですか」


 降伏という言葉に、トンペコは動揺した。


「ああ」


「兵を逃がして降伏する。人間が認めてくれますか」


「わからないが、他に道はない。それとも、残っているドワーフ全員で降伏するか」


「それは」


 意味がない。逃げられるなら、逃げた方がいい。人間に降伏すれば、ただ捕まるか、ただ殺されるか、どちらかなのだ。ドワーフにとって得することは何もない。


「夜の内に、けが人を連れて、北へ逃げろ。北にハイゼイツが来ている。そちらと合流しろ」


「わかりました」


「メロシカム、ドロワーフ頼んだぞ」


「ああ、わかった」


 ドロワーフは返事をしなかった。







「うん?」


 血の臭いがしたような気がした。

 夜、雨の中、リザードマンのピラノイは見回りをしていた。直接戦闘に参加しない若手のリザードマンの仕事である。

 水中の魚を主食にしているリザードマンは、水の中の匂いをかぎ分ける能力を持っている。

 地面に四つん這いになり、鼻を地面の水たまりに近づけた。

 やはり、血の臭いがした。おかしなことではない。ここは戦場だ。雨に流れて、血の臭いがするのはおかしなことではない。だが、少し。


「薬草の匂いがする」


 傷口の消毒などに使われる薬草の匂いがした。

 薬草の匂いがしてもおかしくはないのだが、ピラノイは少し気になり、他の見張りのものに声を掛け、調べに行くことにした。








「確かか」


 ザレクスは営舎で報告を受けていた。


「はい、リザードマンの見張りが血の臭いに気づき、調べてみると、斜面の穴から出てくるドワーフを見たそうです」


「いつの間に穴なんて掘っていたんだ」


「戦いが始まる前から掘っていたんでしょう」


「逃げる気か」


「おそらく、けが人を連れていたようです。北のドワーフの援軍と合流する気でしょう」


「兵をたたき起こせ」


「はい」


 副官のベネドは営舎から飛び出した。








 トンペコは泣いていた。

 夜、雨の中、北へ向かって移動していた。足を怪我して動けないものは、担いで移動した。

 負けた。とは言えない。これだけの兵力差があって、よく戦ったと言ってもいいだろう。だが、逃げているのだ。雨の中、夜陰に紛れ逃げているのだ。砦にはダリムや、怪我をして動けない仲間がいる。逃げているのだ。


「油断してんじゃねぇ」


 メロシカムがトンペコに近づき小声で言った。


「し、してませんよ」


 慌てて涙をぬぐった。


「終わったなんて思うんじゃねぇ。逃げてるなんて思うんじゃねぇ。戦の最中だ。そんなご託は、死んでからにしろ」


「はい」


 トンペコは顔を上げた。

 一人のドワーフが駆け寄ってきた。


「敵の騎兵です。こっちに来ます」


「ちっ、トンペコ、余分な荷物を置いて、兵を連れ、北へ行け。少し行けば林がある。あそこまで行けば何とかなるだろう」


「メロシカムさんはどうするんです」


「足止めする」


「俺も残ります」


「いらん、弓矢で牽制する。俺の場合は石だがな。さっさといけ」



「あれ、ドロワーフさんは?」


 姿を見なかった。


「あいつは、砦に残った」


「なぜ」


「しらん。あいつは最後まで勝手な奴なんだよ。さっさと行け!」


「わかりました。奴らを蹴散らして、すぐ追いついてください」


「おう、まかせておけ。行け!」


「はい」


 トンペコは北へ向かった。

 メロシカムは弓矢をもった兵を十人ほど残し、置いていった荷物で即席のバリケードを作った。

 雨の中、馬蹄が聞こえた。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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