第六十五話、牧場跡、敗走
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三キロほど離れた北西の丘に逃げることにした。しんがりは置かなかった。追い打ちを避けるため兵を置いていく場合があるが、相手は足の遅いドワーフである。追いつかれる心配は無い。問題は、ドワーフが雇った騎馬隊である。騎馬隊に頭を押さえられると、足が止まりドワーフに追いつかれる。
ドワーフが雇った傭兵、マヨネゲルが率いる騎馬隊の攻撃を騎馬隊で引き受けるつもりだった。
リボルが率いる騎馬隊が出た後、五十騎ほどのバナックの騎馬隊が、牧場跡から飛び出て、そのまま西の方角へと走った。
リボルは声を上げた。
バナックは大声で返した。
失礼しやす! と、西に駆けていった。
マヨネゲルの部下が言った。
手柄を上げれば、さらにミスリルの武具を提供するとドワーフは約束してくれた。このままドワーフと共に戦い、兵の数を増やし、ミスリルの武具を身につければ、一国一城の主とは行かなくとも、領地の一つや二つ、手に入れることができるかもしれない。貴族の三男坊として、傭兵稼業に身を落とし、くすぶり続けていたマヨネゲルは、そう思い始めていた。
マヨネゲル率いる騎馬隊が北側に回り込もうとしていた。リボルはそれを阻止するため騎馬隊を率い北に向かった。マヨネゲルの騎馬隊とすれ違った。リボルの騎馬隊は槍で突いたがミスリルの鎧にはじかれた。距離を取った。リボルの兵が何人かやられた。
マヨネゲルはリボルの騎馬隊に背を向け、北西に逃げる歩兵に向かった。
逃げる歩兵の先に回り込み、なでるように剣を振るった。切り飛ばされ歩兵の足が止まる。
ミスリルの武器はおもしろいようによく切れた。力の強いドワーフなら、鋼だろうとミスリルだろうと大差は無いだろうが、ドワーフに比べ非力な人間にとっては、この切れ味と軽さは魅力的であった。
逃げていく歩兵はいくつかの部隊に別れて移動した。
騎馬隊に的を絞らせないように分散させたのだ。
マヨネゲルは一番足の遅い集団を狙った。
スタミンが率いていた歩兵隊は、けが人が多く、遅れていた。マヨネゲルの騎馬隊がまとわりつくと、さらに足が遅くなった。すれ違うだけでも、足が止まった。背後にドワーフが迫ってきている。
リボルの騎馬隊がスタミンの歩兵を守るように動いた。
マヨネゲルはリボルの相手をせず、歩兵だけを狙った。どこか一カ所を止めれば波のように動きが滞った。
スタミンが率いている歩兵隊が、槍を手に、マヨネゲルの騎兵に向かった。
マヨネゲルは、スタミンの意図がわからず、歩兵から少し距離を取ろうとした。
後ろを振り向くと、逃げていたはずの歩兵が戻ってきていた。戻ってきていたと言うより、向かってきていた。マヨネゲルの方に一斉に向かってきていた。
いつの間にか囲まれていた。
逃げていたはずの歩兵が輪を縮めるように槍をこちらに向けている。
マヨネゲルは驚いた。ドワーフにやられ敗走すると見せかけ、いや、現に敗走していたのだろう。そのついでに、やっかいな騎馬隊を討つ、そう考えたのか。
ドワーフと合流、いや難しい。突っ切れる兵力ではない。待っていてはやられる。何とか逃げる場所をと、辺りを見渡す。一カ所、南西に兵が少ない箇所があった。
マヨネゲルは馬首をそちらに向けようとした。
馬群が見えた。南西、歩兵が左右に開き、五十騎ほどの騎馬隊が乱入してきた。
西へ逃げたはずのバナックの騎馬隊である。
逃げた振りをして戻ってきたのだ。
マヨネゲルは、バナックの騎馬隊に向かった。潰して突っ切ろうと考えた。
バナックの騎馬隊もマヨネゲルの騎馬隊に向かっている。バナックの騎馬隊の方が速度がある。
ぶつかる。
バナックの騎馬隊は馬ごとぶつかるように騎手に飛びついた。何人かは成功する。白兵戦に持ち込む。
バナックもマヨネゲルに飛びつく。二人はもつれ馬から落ちた。転がる。
マヨネゲルはこぶしを固めバナックを殴りつける。バナックの頬に当たり、横に倒れる。
ミスリルの剣を構える。
バナックは背を向け逃げようとするが足元がふらついている。
マヨネゲルが斬りかかろうとする。
背後に馬蹄。
振り返る。
騎馬隊、先頭にリボル、槍を掲げていた。リボルは、近づき、槍を振る。マヨネゲルの顔、横っ面をはたくように振り抜いた。
澄んだ高い音、面ぽおがひしゃげる。倒れる。マヨネゲルは生きている。意識がもうろうとして立ち上がれない。
リボルは、反転し、馬で踏みつぶした。
マヨネゲルは死んだ。