第六十九話、バリイ領、領主の館
文字数 4,349文字
ペックスは五千の兵を率い、王都を立った。
それに先駆け内務大臣のケフナがバリイ領領主の館に訪れた。
「なに、バリイ領の大事とあれば、いつでも駆けつけますぞ」
内務大臣のケフナはソファに座り答えた。応接室である。
「これで安心と言いたいところですが、いかんせん、ドワーフは手ごわく、我が領地は荒れに荒れております。内務大臣のケフナ様に来ていただいたにもかかわらず、歓待できず心苦しく思います」
我が領地が荒れているのは、半分ぐらいはおまえら国軍が森に火を付けたのが原因だがね。と、イグリットは心の底で毒ついた。
「なぜ私がここに来たのか、さぞ不思議に思われているでしょう」
外務大臣のヨパスタは自分の息子をこの件に関わらせようと試み、財務大臣のオランザは自らこの件に絡もうとした。情報局のトパリルもこの件に一つ噛もうとしてきた。机の下の蹴り合いが激しくなり、結局、その手の権力争いに飽きているケフナがこの件を任されるようになった。
何かしら国の方から、人が来るのではないかと想定はしていたが、内務大臣が来るとは思っていなかった。
「今回の事態、非常に難しい問題をはらんでいます。国家間、領主間の争いなら、ままあることですがドワーフという、ある種の国家レベルの戦力、それが近くにありながら、我々は見逃していたのです。反省してもしきれません」
「頭をお下げください。我々も、ドワーフが攻めてくるなど思ってもいませんでした。国が悪いとは思っていません」
「始まってしまったものはどうしようもないとして、難しいのは、どう戦いを終えるのか、終えた後どうするか考えなければなりません」
「ええ、それは本当に、せめて早く終わって欲しいものです」
終わったところで問題は山積みなのだ。イグリットは暗澹な気持ちになった。
「ドワーフは今、アリゾム山を攻めていると聞きました。これは、事実ですか」
「ええ、ドワーフの一部隊がアリゾム山に攻め入っています」
「さて、ドワーフのすることですから、ひょっとしたら、アリゾム山を足がかりにさらに西に、進軍する予定なのかもしれません」
「西へですか。しかし、ドワーフが西へ、アリゾム山を攻めたのは、国軍が森に火を放った後です。さらに西へとなると、兵站が持たないと考えるのではないですかな」
「確かに、ケフナ様のおっしゃるとおりです。なぜなのでしょうか」
「彼らは鉱山ドワーフです。アリゾム山に鉱物を求めて攻めているのではないですか」
「鉱物を、なるほど、それは思いつきませんでした。しかし、あの辺りに鉱物があるなど聞いたことがありませんな」
「仮にアリゾム山に有用な鉱物が埋まっているとします。まぁ、たとえば、金や銀、あと、ミスリルなんかもありますな、それらの有用な金属がアリゾム山に埋まっているとしたら、ドワーフの一連の行動、バリイ領に宣戦布告し、糧道を確保しながら南西のアリゾム山に攻め入る。噴火によって崩壊する故郷の代わりを求めての行動なら、理解ができるというものです」
「隠し事はやめませんか。現在拮抗しているとはいえ、ギリム山のドワーフはすべて無傷、人間同士、互いに手を結ぶことができなければ、この戦、勝てませんよ」
「そういう、話があることは事実です。ですが、ドワーフから直接聞いた情報ではありません。まだ推測の域を出ない話です」
「ドワーフへの使者に出したものの中に、アリゾム山に鉱物があるのでは無いかと推測した者がいました。それを聞き、当てはめて考えてみると、ケフナ様と同じく、ドワーフの一連の行動に納得がいきました」
「シャベルトという、学者です。彼の師がエルフで、ドワーフの王と懇意にしているとか。私の部下を含め三人で親書を届けてもらったのです」
「その学者は、なぜアリゾム山に鉱物があると考えたのですか」
「さて、詳しいことはわかりません。学者だから、なにか専門的な知識があるのかもしれません。ただ、彼の師であるエルフは、噴火のことを予測していたそうで、ドワーフの王に警戒を呼びかけていたようです」
「それから、アリゾム山に五十年ほど、ドワーフの間者が潜り込んでいたようです。山菜採りだとか」
「鉱物の調査を行っていたのかもしれないと考えたわけですな」
「はい、人と寿命が違うと言っても、五十年です。ドワーフにとってそれだけ重要な場所であったということです。噴火の件と合わせると、やはり、ギリム山からアリゾム山へと移住をするつもりだったのではないでしょうか」
「ドワーフ王ドルフの息子がギリム山に幽閉されているという、報告を聞きました」
「王の長男は、戦争に反対していたそうです。それで王の手によって幽閉された。と、聞いております」
「そのようなことが、奴らも一枚岩ではないということですか。それが原因で兵の数が少なかったと言うことでしょうか」
「ええ、それもあります。反対する者もいたため、あまり多くの兵を投入できなかった。主戦派のみで攻撃し、アリゾム山を奪ってしまえば、残った反戦派も従う。そう考えたのかもしれません」
「保険のつもりかもしれません。主戦派の王が亡くなった場合、反対派の長男にあとを継がせ、和平交渉に入る。そう考えていたのかもしれません」
「ええ、わざわざドワーフの商人を使ってこちらに伝えてきたと言うことはそういうことでしょう」
「戦う以外の選択肢を考えてみるのはどうでしょうか」
「ドワーフと話しあえと? それは試みましたが、奴らは和平交渉には応じません」
「それは、奴らの狙いがわからない段階での話し合いだったからではないですか。今は違います。奴らの狙いがアリゾム山に眠る鉱物とわかっています。それを交渉材料にすればよろしいのでは」
「お気持ちはわかりますが、争っていても、被害が拡大するだけです。どこかで折り合いをつけなければなりません」
「奴らは領地を攻めてきたのですよ。それなのに奴らの望みを叶えてやるつもりですか」
冗談じゃない。何のための援軍なのだ。せめて五千の国軍が戦ってから、交渉すべきだろう。イグリットはそう思った。
「確かにそうですな。無かったことにするのは問題です。ここは一つドワーフに損害賠償を求めるというのはどうでしょうか」
そんなもの、とれるわけがない。奴らは自分たちの住処であるギリム山を失うのだ。何もかも失う予定の連中から、とれるものなどあるわけが無い。
「彼らから財物を得るのは不可能でしょう。ですが、彼らには能力があります」
「そうです。アリゾム山の鉱山の開発には、時間がかかります。ですが人間には、それを開発するだけの能力も労働力も無い。そこを彼らに出させるのです。戦後の賠償として」
悪い話ではない。戦後生き残ったドワーフをアリゾム山の鉱夫として用いれば、やっかいな問題は解決する。その上がりをバリイ領の復興にまわせば、なんとかなるかもしれない。
「その管理を、国の負担で行うというのはどうでしょうか」
「戦後の復興、バリイ領にはドワーフの管理をするだけの余裕はありますまい。バリイ領とドワーフとの間での恨み言もあるでしょう。ここはひとつ、ドワーフの監視と管理を国の負担で行うということでいかがでしょうか」
「なにを、なにをいっているんです。我々の領地ですよ。アリゾム山は我々の領地なのですよ」
くそ! 国は、ドワーフの監視と管理という名目で、アリゾム山の鉱物をすべて抱え込もうと考えているのか。
「そうですね。ですが、勝った後、ドワーフの面倒を見られるのですか」
無理だ。そもそも、現状でもバリイ領だけで対応できていないのに、二万のドワーフをバリイ領だけで管理するのは不可能だ。
「アリゾム山に新たな鉱山ができるとなると、バリイ領とて、潤うではないですか」
だからといって、国がアリゾム山を管理するのはおかしいだろう。なぜ自分の領地を国に管理されなければならない。
「では、どうなさるおつもりです。確かに、この問題は、バリイ領の問題です。なるほど、そういうことであれば、バリイ領で解決するというのはどうでしょう」
「いやいや、そのようなことはありませんよ。援軍を送ったじゃないですか」
二千の援軍を送った。その援軍は、ドワーフの援軍を押さえるため、冬場の燃料となる木材がある森に火を放った。
「まさか、そのようなことがないよう、一丸となってがんばっております」
そりゃ怒るよな。先祖代々、そう長い歴史ではないとはいえ、守り育てた領地だ。ドワーフに荒らされ、兵は死に、森は焼かれ、挙げ句の果てに新たに見つかった鉱山を国にかっさられる。その後に噴火も起きる。かわいそうに、ほとんど絞りかすじゃないか。ケフナはイグリットに同情した。だが、立場というものはそういうものだ。弱ければむしり取られる、強ければむしり取れる。それがいやだから、人間は自分の立場を上げようとする。ばかばかしい話なのだが、重要なことだ。
「あなたの領地です。ドワーフに取られるか。国に取られるか。あなたが決めなさい」
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