第十九話、悪態

文字数 2,814文字

「バカー、あほー、かすー」


 重装歩兵部隊大隊長のザレクスは叫んだ。フエネ平原、一キロほど先にドワーフの陣がある。


「大隊長、もうちょっとなんか無いんですか」


 副隊長のベネドが言った。


「急に悪口を言えといわれても、思いつかん」


 ドワーフを誘い出すため、ドワーフの悪口を叫ぶよう、指示を受けていた。ザレクスの言葉にあわせ、歩兵隊全員が同じようなことを叫んでいた。


「それじゃあ、短気なドワーフだって怒らないでしょう。いいですか。私がとびきりの悪口を教えて差し上げますよ」


「頼む」


「いいですか。ようく、聞いてくださいね。おーい、くそドワーフの、へちゃむくれ野郎! 短足! 短小! ちんこっぱなの、はなたれうんこ! 陰毛ひげの臆病者! ゴブリンの○○に××に▽▽して、※※※してろ! てめえのケツの穴に、◎◎を●●して、ごりごりの□□□してやろうか! お山に帰って、穴掘って、○○かいて、ふて寝してろ! てな感じでお願いします」


「おまえひどい奴だな。俺、そんな下品なこと、とてもじゃないがいえないぞ」


 ザレクスは眉をひそめた。




(まずいな)

 ダレムは回りを見渡した。兵の顔色が変わっている。怒りに満ちていた。

 人間は、こちらを丘の上から誘い出すため、煽っていた。最初の頃は、馬鹿だのあほだの、稚拙な悪口であったが、徐々に悪質になり、ひどく神経に障るようになっていた。


「なんだこらー、て、てめぇら、この、くそ、ぬううう、あああー、この野郎! うううん、馬鹿野郎!」


 ドロワーフは人間の悪口に対して、なんとか言い返そうとしているが、うまく言葉が思い浮かばないようであった。


「わかっていると思うが、人間の挑発に乗ってしまってはだめだぞ」
「わかっとるわい! ぬぐぐ」
(暴発せねばいいが)
 ダレムは不安な気持ちになった。



「さすがに、出てこないか」


 リボルは言った。

 馬上にて、ドワーフの陣の様子をうかがっていた。


「ええ、やはり、歩兵を出して、じっくり攻めるしかなさそうです」


「馬で柵を引きはがすことはできないか」


「かなり作りが頑丈です。縄を柵に絡めて馬で引きはがすことができるかどうか」


 太い木材を組み合わせて作られている。地面に深く杭が打たれているように見える。


「近づいてたたき壊すしかないのか。油はどうだ」


「難しいでしょう。近くに川があります。水をくんで水がめにためているという報告もありますから、何度か繰り返せばそれなりの効果は出るかもしれませんが、どのみち犠牲は出るでしょう」


「歩兵を少し近づかせてみるか。もう少し近づいて、罵声を浴びさせろ」


「はっ」


 副司令官のレマルクは指示を出した。




「あいつ、なにをやっているんだ」

 ドロワーフが柵の外に出ていた。ハンマーを担いで、斜面を駆け下りていた。

 ダレムはあっけにとられた。

「かかってきやがれ馬鹿野郎!」


 ドロワーフは人間の軍に対して叫んだ。静まりかえる。


「連れ戻せ!」


 ダリムは命じた。 




「ドワーフが一人出てきたな。何をやっているんだ」


 一人のドワーフが斜面を駆け下り叫んでいた。五、六人のドワーフが連れ戻そうとしている。


「馬鹿なドワーフが一人、こちらの挑発に乗って出てきたようですな。いかがいたしますか」


「一人二人出てきてもたいした意味は無い。下手に攻撃して警戒されたら挑発した意味が無くなる」


「そうですね。では、このまま、挑発を続けますか」


「ああ、一人つれたんだ。意外と効果があるかもしれんな。しかし、重装歩兵部隊の隊長、ザレクスだったか、実直そうな顔をしていたが、あんなひどい悪口を言うとはな、人は見かけによらんものだな」


 リボルは眉をひそめた。

 五人のドワーフがドロワーフを連れ戻そうしたが、振り投げ飛ばされた。ドロワーフは人間の兵がいる方向に向かって歩きだした。


「あいつ、一人で戦う気か」


 人間側の動きはない。

「どうするよ。あれ」


 顔に傷のある、隻腕のドワーフが言った。

「放っておけ」


 ダリムは吐き捨てた。



「剛毅な」


 ザレクスは一人陣を出て叫ぶドロワーフを見ながら言った。


「やばいすね」


 副隊長のベネドが言った。


「なにがだ」


「いや、これじゃあ、逆になっちまいます。挑発しておびき出そうとしたら、ドワーフ、一匹、堂々と出てきた。どちらの方が男らしいかっていうと、あっちでしょ」


「確かに、遠くで悪口を言っている我々より、あのドワーフの方が遙かに立派だ」


「どっちの味方ですか。まぁ、客観的に見てもあのドワーフの方が立派ですよ。だから問題なんです。放っておくと士気に関わりかねない」


 人間側の兵の悪態が徐々に減り始めた。比例して、ドロワーフの声が平原に響く。


「人間ども! 臆病風に吹かれたか! かかってこい!」


 ドロワーフの声が平原に響く。


「あっぱれだ。勝負!」


 一騎、騎兵が飛び出した。

 それにつられ、他の騎兵が数騎続く。ドロワーフ目がけ騎兵が駆ける。




「くそ! 出るぞ! メロシカム、本陣の守りを任せた」


 やはり放ってはおけない。ダリムは兵を二百ほど連れて柵の外に出た。


「おう、任せておけ」


 メロシカムと呼ばれた隻腕のドワーフは言った。




「勝手に出おって」


 レマルクは渋い顔をした。


「よいではないか。結果的に、敵のドワーフを引きずり出すことに成功したぞ。歩兵を前進させろ! 騎馬隊、敵ドワーフを蹴散らせ!」


 重装歩兵隊二百が前に進んだ。百騎の騎兵も出た。

 先行し飛び出た騎兵七騎が、ドロワーフの元にたどり着く。

 ドロワーフはハンマーを後に構える。ダリム率いる斧槍隊はまだたどり着いていない。

 先頭の騎兵が槍を脇に締め付け、体を右に傾け、ドロワーフにぶつかる。

 ドロワーフは、頭を前に兜で槍を受ける。槍はドロワーフの兜に当たり兜を飛ばす。同時にハンマーを振るう。ハンマーは馬の足に当たる。折る。馬は前方につんのめり回転する。騎兵は投げ出される。後続の騎兵がドロワーフの頭めがけ槍を突き下ろす。ハンマーを盾に頭部を守る。他の後続の騎兵がすれ違いざまに槍を繰る。ハンマーで防ぐ。いくつか鎧に当たり、浅い傷を負った。騎兵がすれ違う際、騎手の足を、ドロワーフはつかんだ。そのまま片手で引き、地面にたたき潰す。

 騎兵がドロワーフの背後に回り槍で突く。太ももの裏を突かれる。振り返り、ハンマーを振るう。


「えんがー!」


 馬の首の、付け根当たりに当たる。馬が倒れる。騎手が落ちる。落ちた騎手をハンマーで叩きつぶした。

 ドロワーフは四騎の騎兵に囲まれた。

 一人の騎手が、くの字に曲がる。

 横っ腹に斧槍が突き刺さっていた。ダリムがたどり着いた。他の斧槍部隊もドロワーフの元へたどり着き、残りの騎兵をかたづけた。


「馬鹿野郎が」


「がっはっはっ、すまんすまん」


 笑った。


「戦えるよな」


 ダリムはドロワーフを見た。太ももの傷は布で縛ってある。それ以外はたいした傷ではなさそうだった。


「もちろん」


 ハンマーを地面にたたきつけた。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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