第七十八話、水

文字数 1,913文字

「くそ」

 プロフェンは落ち込んでいた。濡れた馬を拭き飼い葉を与えた後である。


「正しい判断だったと思いますよ」


 ベネドは言った。


「怖じ気ついたのだ」


 ネルボ様の敵を討つと誓っておきながら、ドワーフが来ると、恐れたのだ。


「あの暗闇と雨です。見えないまま突っ込むのは勇気ではなく無謀です」


「だが、敵の策だった」


 追撃のチャンスを不意にしたのだ。


「ええ、そうです」


 実際のところは少数の兵士しかいなかったのだろう。雷で見えることを予測して、横に広がり攻めてきているように見せかけた。時間を稼いだあと、速やかにひいた。鮮やかな手口だとベネドは思った。

「ならば、だめではないか」


「敵の罠である可能性もありました。兵の命を預かる指揮官として、正しい判断だったと思います」


「そんなことはわかっているのだ」


 恐怖に駆られた。それが、影響していないとは言えない。


「逃げていたドワーフが反転して襲ってくる可能性もありました。騎馬隊だけでは対処できませんよ」


「それもわかっている」


 だが、あそこでいっていれば、ドワーフの足を止め、味方の歩兵を待てば、多くのドワーフを討ち取れた。

「あれを見てください」


 ベネドがあごで指した方角を見た。ザレクスがいた。


「ザレクス殿か」


「彼が何をやっているかわかりますか」


 手元の何かを見ている。少しにやついている。


「何かを見ているのだろう」


「ええ、奥様の肖像画です。わざわざ、大きいロケットを作って、その中に奥様の肖像画を入れているのです」


「そうか」


 だからなんだと、プロフェンは思った。


「今の隊長の頭の中に、戦やドワーフのことなどありません。ただ、早く帰って奥様に会いたい。それしかありません」


 ベネドは断言した。


「そう、なのか」


「ええ、生きて帰ることが重要なのです。敵を倒すことが目的ではありません。確かにあなたは相手の策に引っかかった。そのことで、あなたの気持ちが傷ついているのかもしれません。ですが、あなたは兵を生きて連れ帰った。兵を失う可能性を回避したのです。それはあなたの気持ちよりも大切なことではないでしょうか」


「私の気持ちか。なるほど、復讐など、ただの自己満足に過ぎないと、それに兵を巻き込むなと言いたいのか」


「ま、そんなとこですよ」


 ベネドは笑った。


「それも、いや、考えておく」


 プロフェンは少し離れたところにいるザレクスを再び見た。笑みを浮かべ手元のロケットを熱心に見つめている。


「あれを、まねしろと」

 ひどく不安な気分になった。








 ザレクスの父ジダトレは、北から来るハイゼイツ率いるドワーフの援軍相手に守りを固めていた。ハイゼイツの猛攻に少し押し込められていたが、何とか耐えていた。

 西、アリゾム山に国軍は兵千を送った。

 フエネ平原のドワーフの砦の攻撃は、少し待つように命じられた。








 ドルフの元へ、国からの使者が来た。

 ドルフは会うことにした。

 前と同じ内容で、降伏を促していた。

 断ると、今ならまだ助かる命がありますよと、使者はいった。

 ドルフは激高し「命を惜しむドワーフの戦士などおらん!」と席を立った。


 ドルフは追い詰められていた。







 雨はやんだが、東の森周辺は、ひどい湿気と熱気だった。雨の所為で火勢は落ちたが、森は燃えており、大量の煙を吹き出していた。

「煙がひどいな」


 モディオルは目を細めた。風向きによって、煙が襲いかかってくる。


「モディオル様、森から水がしみ出ています」


「どういうことだ」


 モディオルは、部下に案内された場所に移動した。

 火に焼き尽くされ、炭となり倒れた木々の奥から、大量の水がしみ出していた。


「昨日の、雨か」


 首をかしげた。そこまで激しい雨ではなかった。


「大変です。南の方で川ができています」


「川だと」


 焼けている森の中から、南の草原に向けて、何本か川ができていた。水は灰色に濁り、炭化した木々が流れていた。 


「奴ら、水をせき止めていたのか」


 昨日の雨で、森に川ができるようなことはない。考えられるとしたら、ドワーフが、どこかで川の水をせき止めておいて、雨で増水したところで堰を切り、水を森に流した。


「まずいぞ」


 森は大量の煙を吹き出していた。








「なんとか、道はできそうだな」


 高台から、ガロムは森の様子を見ていた。まだ森は燃えている。だが、火が消えている場所があった。いくつかある川の水をせき止め、一度に堰を切った。水がどこに流れ込むか、賭のようなものであった。


「ぬかるんでいるから、すぐには無理じゃぞ」


 ジクロはいった。


「先に兵を送り、そのあと物資を送ります」


 兵に道をかためさせ、物資を通すつもりだった。


「間に合ってくれればいいが」


 ジクロは目を細めながら言った。
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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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