第五十話、アリゾム山の砦

文字数 1,653文字

 夜、アリゾム山では酒宴が行われていた。


「えー、ドワーフの兵六百が攻めてくることが、どうやら確定したようです」


 ブーイングが起こる。砦の広場で、酒樽と料理を広げアリゾム山山岳部隊およそ百五十人、全員が集まっていた。


「二日後ぐらいには山の麓近くに来るようです。というわけで、誠に申し訳ないのですが、しばらくの間、お酒を控えることになります」


 再びブーイングが起こる。泣き真似をする者もいる。


「来るのは二日後、飲むなら今のうち、あるだけの酒で、酒盛りをしたいと思います」


 喚声が上がった。


「乾杯!」


 ファバリンは木で作った椀の酒を飲み干した。

 他の者も酒樽に集まりお椀に酒をくみ飲んだ。


「いいんですかね。飲んでて」


 敵が迫っている。

「いいんだ。飲め」


「はい」

 ズッケルは飲み干した。少し花の香りがする繊細な味だった。







 翌日。

「おーい、全員いるかー」


 ファバリンが点呼を行った。昼の手前である。朝方近くまで飲んだことをズッケルはかろうじて覚えていた。ズッケルはもうろうとしながら返事をした。ファバリンがたいまつに火をつけ立っていた。


「よし」


 ファバリンは火の付いたたいまつを砦の窓に投げいれた。油をまいていたのか火は燃え広がった。


「なんで、燃やすんです」


 あごが外れそうなぐらい驚いた。ほとんどのものが驚いた顔をした。


「ここのことが完璧に知られているからだよ」


 デノタスが言った。山菜採りのドワーフであるゴキシンの小屋に行くと、もぬけのからだった。きれいに何もなかった。


「しかし、だからといって燃やさなくても」


 山の頂上、北は切り立った崖、道は一本しかなかった。守りやすい場所である。


「普通なら、ここに籠もれば、千人だろうが二千人がこようが、一ヶ月や二ヶ月、耐えることができる」


「じゃあ、どうして」


「知られているからさ、どこに弱点があるのか、どうすれば壊せるのか。全部知られている。あのじいさん、五十年はこの山に住んでいた。ここにも出入りしていた。何か仕掛けが施されている可能性だってある。だから、攻められて、とられるぐらいなら燃やした方がいい。ここに籠もってたら逃げ場はないしな」


 デノタスは目を細めた。砦には、それなりに思い出があった。


「それは、わからなくはありませんが、どうやって戦う気なんです」


 百五十人しかいない。相手はあのドワーフだ。


「山だよ。山ん中で戦うしかない。山ん中だってあのじいさんに知られているだろうが、まだましだ。山全体を使って戦うしかない」


 炎が砦を包んでいく。







「煙か」


 オラノフは空を見上げた。行軍の最中、アリゾム山の山頂から一筋の煙が見えた。


「あれは、アリゾム山の砦の辺りですな」


 ゴキシンが言った。ゴキシンはグルミヌの手のもので、五十年にわたって、アリゾム山に潜入していた男である。案内役をかってでた。


「何を燃やしているのでしょう」


「わかりませんが、あの火勢、ひょっとしたら、砦そのものを燃やしているのかもしれません」


 煙の量は増えていった。


「なぜそんなことを」


「私が調べたからでしょう。何年にもわたって、扉の位置から柱の数まで調べ尽くしましたからな、籠もるには危ないと燃やしたのでしょう。何カ所か壁や扉に仕掛けを施していたのですが、すべて無駄になりました」


 少しうれしそうな顔をした。


「ほう、砦の主は、そのような判断ができるのですか」


 仕掛けがあると考えたのなら、普通はそれを探して無効化しようとする。


「ええ、そういう思い切ったことをする男なのです」


「それは恐ろしいですな」


「恐ろしいですか」


「ええ、いつもそうです。敵の話を聞くと恐ろしいと思ってしまう」


「それはそれで、以外ですな」


 ゴキシンはオラノフの顔を見た。青みがかったひげに、強い眼光をしている。


「臆病だから強くなろうとしました。強くなろうとしたら、警戒されたのです」


 オラノフは元は人間の国に仕えていた軍人である。


「難儀な話ですな。ですが、山の中では臆病な方いいですよ」


「それは、うれしい話だ」


 オラノフは少し笑った。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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