第十話、エルリムの壁、ミノフ
文字数 1,328文字
エルリムの東の扉をドロワーフがハンマーで叩いている頃、もう一つ別の部隊が、南の壁に近づいていた。その数はおよそ五十。先頭にいるドワーフは軽装備で黄色いヘルメットをかぶっていた。名はミノフ、鉱夫である。
ミノフは、物心ついた時からおよそ百七十年、岩を掘っていた。長い、と思う時もあれば、それほどでも、と思うこともあった。
瞬きをしていただけ。ドワーフの職人がよく使う言葉だ。
町を囲むエルリムの壁はさすがドワーフの職人といえるほどよくできていた。いい石を使っていた。今の山ではこれだけの石はほとんど取れない。重い石と軽い石、固い石と柔らかい石、巧みに組み合わせ壁を作り上げていた。関わった職人に聞いても、手抜き一つしとらんと、胸を張った後、あっしまったとばつの悪い顔をした。
ただ二百年の歳月が石の壁にほころびを生じさせていた。南の壁の一部にひびが少し入っていた。壁の内側に一本の木が生えている。その根が、二百年の歳月が、石の壁を持ち上げ、壁のバランスを崩していた。ミノフは戦いが始まる前に何度かこの壁の周辺を歩き、そこを見つけた。人のいない夜間に何度もそこに通い続け、壁を見つめ指で触った。
南の壁にミノフ達が近づくと、エルリムの兵達が矢を放ってきた。
大盾を持ったドワーフの兵が前に出て防ぐ。ミノフは盾の下、壁を目指し走った。
壁にたどり着くと、岩が落下してきた。上にいる人間の兵が岩を下に投げ落としている。それを盾で防ぐ。ミノフは壁を見つめ、チョークで石壁にいくつか印をつけた。その印にドワーフたちは杭を打ち込む。ミスリル合金でできた石を割るための杭だ。それをミノフがつけた印に金槌で打ち込んでいく。石の破片が飛ぶ。杭が徐々に石の中に沈んでいく。叫び声がした。エルリムの兵が煮えたぎった油を上から流した。煮えたぎった油が盾をすり抜け、杭を打つドワーフに落ちる。皮膚が焼かれる。顔を首筋を油が焼く。転がる。油を手で払い。地面を手で掘り、冷えた土を顔に押し当てる。すぐに立ち上がり、作業を続ける。盾を持つ者も焼かれる。それでも盾を持ち続ける。動かず守り続ける。
杭を打ち込み続ける。
ミノフがつけた印すべてに杭が打ち込まれた。打ち込んだ杭と杭の間に繋がるように亀裂が生まれた。石の壁に押しつぶされそうになりながら生える太い木の根、そこに向かってひびが集まる。さらに深く打ち込む。石の表面が欠ける。ひびに鉄梃を差し込み、割れを広げていく。割れた石を掻き出す。石の壁に少しずつ穴ができていく。空いた穴に木材を差し込み、上下に揺らす。目がよく見えない。油でまぶたを焼かれミノフの目はよく見えなくなっていた。手の感触を頼りに、石を掻き出す。手はぬめっていた。油なのか、破れた水ぶくれか血なのかよくわからなかった。
ミノフは声をかけた。
うめき声のような返事が返ってきた。よく聞こえない。耳も油で焼かれている。
石を掻き出しては割る。あいた穴に木材を差し込み揺らす。繰り返した。
石の壁が揺れたような気がした。大きな音、押しつぶされた。地面を引きずられた。冷たい水をかけられた。よくやったと、何度か耳元で言われたような気がした。ミノフは意識を失った。