第八話、商人、それからエルリムの町
文字数 2,088文字
港町フネイルは慌ただしく動いていた。荷馬車が行き交い、船が入れ替わり立ち替わり港に着いた。穀物や武具などの値段が跳ね上がっていた。
ドワーフがバリイの領主に戦争を仕掛けたと聞いて、ルモントは、少しの驚きと、ああ、やっぱりそうだったんだと、感想を抱いた。取引自体はドワーフが宣戦布告する一週間ほど前にすべて終わっていた。
町全体が浮かれているようであったが、ルモント自身は冷めていた。
それに自身が荷担していることを否定はできなかった。カネはずいぶん稼がせて貰った。店一軒買えるぐらいの資産ができた。必要なところに必要な物を売った。商人として正しいことをしたといえる。だからといって。
秘書のメリアが書類の束を抱えながら言った。
最後の取引の時に、礼を言われ多めの金貨を貰った。帰り際に、このことは黙っている方が得策です。と釘を刺された。もちろんそのつもりだ。
皆やっていることなのだ。今、戦争特需に浮かれている連中とどう違うのだ。それより少し先んじていただけ、より多く得をした。それだけのことなのだ。責任を感じる気も、後悔する気もルモントには無かった。
メリアの言うとおり、ただ少し、たそがれていただけなのかもしれない。
メリアは眉を寄せルモントを見つめていた。
国内の穀物は高騰しているが、ドワーフとの取引がきっかけで、国外の商人や生産者とのつてができた。それを使えばまだまだ一儲けできそうだった。ルモントは立ち上がった。
エルリムの町は混乱していた。エルバ村が焼き払われたと聞いた町の人々が家財道具を荷車にまとめ出て行こうとしていた。
石壁は二百年前に作られたものである。当時はバリイ自体いくつかの領地に分かれ、それぞれの領主が争っていた。トレビプトという国でさえまだ無かった時代である。何度か戦火にまかれ、当時の領主が、ギリム山のドワーフに頼み石壁を作った。
四方を囲む石壁は町全体を覆っているわけでは無い。二百年の間人口が増えたことにより、壁の外に新た建物が建設されており、それらに住む人の半数ほどが、壁の中に避難していた。残りは町の外にいるか、他の町や村に避難していた。エルバの村から避難してきた村民は、ほとんどが町の石壁の外でキャンプを張っていた。
多数の兵がエルリムの町に押し寄せ駐屯していた。おもに町の公園や広場、町の施設などに寝泊まりしていた。入りきれない者は町の外で野営していた。ドワーフがエルリムの近くで陣取っているため、門はドワーフがいる方向と反対側の門一カ所しか開けられず、出て行く人間と入ってくる人間で混雑していた。
傭兵もずいぶん来ていた。ある程度まともな者は雇った。武具のそろっていない者や、まとまった人数でないものは断った。すべて町の負担で雇った。雇った傭兵が治安悪化の原因にもなっており、町長であるクレカプレにとって頭の痛い問題であった。
エルリムは、山間のなだらかな平地の上にあった。森を切り開き作られた小さな村であったが、ドワーフの鉱山の発展とともに、森は切り開かれその材木は、ドワーフが鍛冶で使う燃料になった。その後、町は鉱物の輸送路を支える形で大きくなっていった。鉱物の取引所もあり、ドワーフとの関係は強かった。
町長のクレカプレは嘆いた。
問題が次から次へと町長の下へ運ばれてきており、細かい案件などは後回しにされた。町長は代々、商工組合の中から選ばれている。任期は最長十年、現町長のクレカプレは三年ほど町長を務めている。町長になって三年間特に大きな問題に直面したことは無かった。
軍から、町内にいるドワーフを一カ所に集め監視するように言われていた。内側から手引きする恐れがあるためだ。
長年町に溶け込んできたドワーフである。エルリムで生まれ育ったドワーフもいる。町長であるクレカプレ自身、何人も懇意にしているドワーフがいた。人間と共に戦う。そう言ってくれたドワーフもいた。
町長は、ドワーフの夜間の外出を禁止し、監視をつけることを軍に提案した。軍は渋っていたが、一カ所に集める施設がないため町長の案を飲み、監視には軍の人間を何人か使うことで妥協した。
石壁の幅は狭く、人が一人立つだけのスペースしか無かった。二百年前作られた時には、石壁に接するように兵士が動き回れる木の台と階段が設置されていたが、老朽化と町の拡張に伴い、ところどころ無くなっていた。
それらを昼夜を問わず補修建造していた。場合によっては壁に接している建物を壊し兵士が動き回れる台を作った。それでも、三分の一ほど木の台が無い場所が残った。石壁より低く作られている台には石が積み上げられていた。
町の守りは着々と固められていた。