第二十一話、迷い
文字数 2,709文字
シャベルトとソロンの師弟は、二人地面に這いつくばり、木の皮に卵を産む虫を見ていた。
シャベルトが用を足している時に偶然見つけた。ソロンが術を解く魔法をかけた。
二人は一向に動こうとしなかった。
ヘセントはシャベルトの肩の上に乗っているノコギリリスのパン吉と目が合った。あんたも大変だねぇ。そんな顔をしていた。
長老の一人が言った。かなり大きい。リザードマンは年を取るごとに少しずつ大きくなっていく。
リザードマンの一人が言った。リザードマンに敬語という文化はない。卵からかえるリザードマンは親子関係が希薄で、上下の関係が生まれにくい。
ざわめいた。ドワーフと人間が戦っていることは皆知っていた。
何人かが首をかしげた。今のところドワーフは勝っている。だが、一時的なもので、いずれは数において勝っている人間がドワーフの軍を殲滅するだろうという見方が大勢だった。
人間の船を沈め、人間の村を焼き払う。それはとても魅力的な提案だった。かつてリザードマンはサロベルの湖を支配していた。人が増え、湖に船を浮かべるようになり、徐々にだが、人の物になってきている。サロベルという名前自体、後に人間が勝手につけたものだ。魚は奪われ、いつの間にかリザードマンが湖のやっかいもの扱いされていた。このままいけば、やがて住処も奪われる。そんな危機感を持っていた。
別のリザードマンの長老が、ドワーフからの贈り物である槍を皆に見せた。深い青色をした柄に、幅が少し広めに作られた槍の刃は、月夜の水面のように光っていた。
ため息が出るような美しさだった。リザードマンの中にも鍛冶師はいたが、このような美しい槍を作れるものは、いなかった。ましてや、ミスリル製の武器など、誰も作ったものなどいなかった。
錆びることの無いミスリル製の武具は、水の中に生きるリザードマンにとっては垂涎の的だった。火鼠のマントをまとえば冬の寒い時期でも、自在に動き回ることができると聞く。ミスリルの武具を身につけ、人間と戦う。鱗が逆立つものがあった。
組織だった動きをする人間に、軍隊すらないリザードマンはなすすべも無くやられる。個々なら勝てるだろう。だが、年がら年中同族同士で戦っている人間の軍隊には勝つことはできない。たとえミスリルの武具に身を固め、ドワーフと共闘したとしても、その戦力差は埋まらない。一時的に勝てたところで湖を守るために人間と戦い続けなければならないのだ。
リザードマンの一人が言った。
実際のところ、そのような提案はない方がいいのだ。ドワーフとの戦いに巻き込まれるのは、割に合わない。ただ、少し残念な気持ちもあった。
リザードマンの一人が言った。
首をかしげた。
「ドワーフがうらやましいな」
誰かがつぶやいた。
それはリザードマンの群れの中にゆっくりと染み渡った。
ギリム山地下、最下層にドワーフの王ドルフと腹心のムコソルは来ていた。
異常なほどの熱気があった。
火の精霊を鎮める魔方陣が壁に書かれてあったが、押さえきれず壁をなめるように精霊が這い回っていた。
石の扉を開けると広い部屋があった。
舌が干上がるような空気と肉の焼ける臭いがした。
老人が一人、部屋の中央の積み上げた防火石の上にいた。
老人の目は白濁していた。
王は答えた。
何人ものドワーフの術士が交代で地下のマグマを封ずる方陣を書いた。最後の仕上げを老人が行っていた。
ドルフは老人の元へ近づこうとしたが、熱気に押され前に進めなかった。
老人は答えた。
ドルフは耐火マントで顔を隠し前に出た。石靴を履いていても焼けるように熱かった。
マントの隙間から老人の様子を見た。老人のしわ寄った体は所々炭化していた。
老人の体は浮き上がるようにして燃えた。