第二十一話、迷い

文字数 2,709文字

「ほう、これは、カクレカミムシではないか」


「ええ、そうですね。しかも産卵中ですよ」


 シャベルトとソロンの師弟は、二人地面に這いつくばり、木の皮に卵を産む虫を見ていた。


「あの、いい加減にしてくださいよ。早く領主様に報告しに行きましょう」


 三人はグリオム山を降りている途中であった。

「そうはいっても、ヘセント君だったかな。なかなか、カクレカミムシの産卵場面など見られるものではないのだよ。カクレカミムシは光の流れを曲げる特殊な魔法をもっていてね。見つけにくいのだよ」


 シャベルトが用を足している時に偶然見つけた。ソロンが術を解く魔法をかけた。


「シャベルトさんと同じようなことを言わないでください。早く行きましょう」


「まぁまぁ、そう言わず、カクレカミムシの卵も、光の流れを変える魔法がかかっている。これは、卵が魔法をかけているのか、それとも産卵時にカクレカミムシの親がかけているのか、ちょっとした謎なのだよ」


 二人は一向に動こうとしなかった。


「きゅん」


 ヘセントはシャベルトの肩の上に乗っているノコギリリスのパン吉と目が合った。あんたも大変だねぇ。そんな顔をしていた。







 岩を積み上げ作った建物の中でリザードマンの一族の主立った者が集まり、話し合いをしていた。

「ドワーフの使者が来た。ドワーフの味方をせぬかと言ってきた」


 長老の一人が言った。かなり大きい。リザードマンは年を取るごとに少しずつ大きくなっていく。


「人間と戦えと言うことか」


 リザードマンの一人が言った。リザードマンに敬語という文化はない。卵からかえるリザードマンは親子関係が希薄で、上下の関係が生まれにくい。


「簡単に言うとそういうことだ」


 ざわめいた。ドワーフと人間が戦っていることは皆知っていた。


「どうするのだ」


「まだ答えてはいない」


 何人かが首をかしげた。今のところドワーフは勝っている。だが、一時的なもので、いずれは数において勝っている人間がドワーフの軍を殲滅するだろうという見方が大勢だった。


「何か提案があったのか」


「リザードマンが味方をすれば、ドワーフが人間の村を焼き払い、湖をリザードマンの物にする。ドワーフはそう提案してきた」


 人間の船を沈め、人間の村を焼き払う。それはとても魅力的な提案だった。かつてリザードマンはサロベルの湖を支配していた。人が増え、湖に船を浮かべるようになり、徐々にだが、人の物になってきている。サロベルという名前自体、後に人間が勝手につけたものだ。魚は奪われ、いつの間にかリザードマンが湖のやっかいもの扱いされていた。このままいけば、やがて住処も奪われる。そんな危機感を持っていた。


「それからドワーフが槍を送ってきた」


 別のリザードマンの長老が、ドワーフからの贈り物である槍を皆に見せた。深い青色をした柄に、幅が少し広めに作られた槍の刃は、月夜の水面のように光っていた。


「ミスリルの槍」


 ため息が出るような美しさだった。リザードマンの中にも鍛冶師はいたが、このような美しい槍を作れるものは、いなかった。ましてや、ミスリル製の武器など、誰も作ったものなどいなかった。


「協力すれば、ミスリルの槍五十本、ミスリルの具足五十領、火鼠のマント五十着、用意すると言っている」


 錆びることの無いミスリル製の武具は、水の中に生きるリザードマンにとっては垂涎の的だった。火鼠のマントをまとえば冬の寒い時期でも、自在に動き回ることができると聞く。ミスリルの武具を身につけ、人間と戦う。鱗が逆立つものがあった。


「だが、それだけでは人間には勝てない」


 組織だった動きをする人間に、軍隊すらないリザードマンはなすすべも無くやられる。個々なら勝てるだろう。だが、年がら年中同族同士で戦っている人間の軍隊には勝つことはできない。たとえミスリルの武具に身を固め、ドワーフと共闘したとしても、その戦力差は埋まらない。一時的に勝てたところで湖を守るために人間と戦い続けなければならないのだ。


「ドワーフと共に戦う気は無い。ただ、そういう提案があったことを皆に知ってほしかった」


「人間側から何か提案は無いのか」


 リザードマンの一人が言った。


「無い。ドワーフからのみだ」


「人間にとっては、私たちの存在など無いに等しいのだ」


 実際のところ、そのような提案はない方がいいのだ。ドワーフとの戦いに巻き込まれるのは、割に合わない。ただ、少し残念な気持ちもあった。


「ドワーフは、なぜ人間と戦うのだ」


 リザードマンの一人が言った。


「わからない。ドワーフの使者もそのことは答えなかった」


「勝ち目があると、そう思っているのだろうか」


 首をかしげた。


「わからんが、ドワーフはそう簡単には負けないだろう。人間は人間同士で敵対している。人間は妥協もする。ドワーフは人間と戦い何かを得ることができると考えたから行動に移したのだろう」


 長老の一人が言った。

「ドワーフがうらやましいな」

 誰かがつぶやいた。

 それはリザードマンの群れの中にゆっくりと染み渡った。







 ギリム山地下、最下層にドワーフの王ドルフと腹心のムコソルは来ていた。


「熱いな」


 異常なほどの熱気があった。


「ええ、炎の精霊があちらこちらにいますからな」


 火の精霊を鎮める魔方陣が壁に書かれてあったが、押さえきれず壁をなめるように精霊が這い回っていた。


「このような場所で何週間も彼らは働いていたのだな」
「ええ」

 石の扉を開けると広い部屋があった。

 舌が干上がるような空気と肉の焼ける臭いがした。

 老人が一人、部屋の中央の積み上げた防火石の上にいた。


「王様、ですか」


 老人の目は白濁していた。


「そうだ。ドルフだ。ムコソルもいる」


 王は答えた。


「頼まれていた方陣が完成しました」


 何人ものドワーフの術士が交代で地下のマグマを封ずる方陣を書いた。最後の仕上げを老人が行っていた。


「ご苦労だった。よくやってくれた。これでドワーフの国は助かるぞ」


 ドルフは老人の元へ近づこうとしたが、熱気に押され前に進めなかった。


「すこしばかり、時間稼ぎをしただけです。いずれは噴火するでしょう」


「どれくらい持ちそうだ」


「火が、土を呑み込んでいます。長くて一年、短くて三ヶ月と言ったところですか」


 老人は答えた。



「ご苦労だった。よくぞ貴重な時を稼いでくれた。さぁ、ここからでよう」


 ドルフは耐火マントで顔を隠し前に出た。石靴を履いていても焼けるように熱かった。


「いえ、私は、もうここで、長く生きましたゆえ、置いていってください」


「しかし」


 マントの隙間から老人の様子を見た。老人のしわ寄った体は所々炭化していた。


「皆を」


 老人の体は浮き上がるようにして燃えた。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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