第六十六話、牧場跡、アリゾム山

文字数 2,248文字

「やられたな」


 ロワノフはつぶやいた。

 マヨネゲル率いる傭兵の騎馬隊は、ほぼ全滅した。生き残ったものは捕虜になった。

 逃げる人間の兵に追いつき、多少の打撃を与えたが、失ったものは大きかった。

「逃げるついでに、まさかあのような策を考えるとは」


 ベリジは悔しそうにつぶやいた。
「よい、勝つには勝ったのだ。皆もよくやってくれた」

「それは、確かにその通りですな」


「そうでしたな、やっかいな人間の拠点を奪ったのです。それでよしとしますか」



「とはいえ、ここは思ったより、守りにくい」


 ロワノフは顔をしかめた。

 牧場跡の守りは、当然ながらすべて人間に合わせて作られている。ドワーフにとっては使い勝手が悪かった。食糧のたぐいもほとんど無かった。あらかじめ、逃げることを想定していたということになる。


「改造すれば何とかなるのでは」


「土の壁は何とかなりますが、石壁は難しいでしょう。いっそ無い方がいいぐらいだ」


 オオカミ避けに作られた石壁はドワーフにとっては、高く、人間にとっては低い高さであった。守る側に変わってもそれは変わらなかった。


「広さも問題だな、石壁全部に張り付く兵はいない」


 さほど広い牧場跡というわけではないが、ドワーフの兵は千三百人程度しかいない。


「しかし、捨てるわけにもいかないでしょう。せっかく奪い取ったのです。そんなことになれば兵の士気に関わります」


 この拠点をとるために大勢のドワーフが血を流した。


「そうだな、ここを捨てれば、また人間がここに立てこもる。そうなれば、同じことを繰り返すことになる」


「守りの方は何とかするとして、この後はどうするんです。ここの守りを固めながら、北に援軍を送りますか。それとも西のアリゾム山へ送りますか」


「難しいところだな、リボルの兵がまだずいぶん残っている。西はオラノフに任せておけばいいだろう。北上し、ダレムに援軍を送りたいところだが、中途半端な兵力では騎馬隊に潰される。マヨネゲルの騎馬隊が消えたのは痛い」


 人間の歩兵は何人いようがドワーフにとってはさほどの脅威ではない。問題は騎馬隊だ。歩兵で足止めされ騎馬隊に切り刻まれる。前に進むのは難しくなる。マヨネゲルの騎馬隊がいれば、少数の歩兵でも、敵の騎馬隊に対応することができた。


「残念ながら、兵を分ける余裕はありますまい」


 北東に国軍もいる。


「ダレムには、もう少しがんばって貰うしかないな」


 ドルフは空を見た。日差しは薄く、雲が少し出ていた。








「危ないところだった」


 北、フエネ平原、ダレムがつぶやいた。


「扉が壊れた時のことを言っているのか」


 メロシカムが答えた。


「ああ、ドロワーフがいなければ、一気になだれ込まれ危ないところだった」


 重装歩兵隊が破壊鎚で扉を破った、なだれ込んできた重装歩兵隊をドロワーフが一人で押さえた。ちょうど兵を交代させようとしていたため、手薄になっていた。


「そうだな、あいつの馬鹿力が無ければ、終わっていたかもしれん」


 連日の攻撃にさすがのドワーフも皆疲れていた。


「あの働きで、人間の指揮官の判断が鈍った。まだ余力があると思ったのだろう。攻撃の手を止めた」


 あいつのおかげで命拾いした。ダリムは付け加えた。


「ドロワーフにそのことを言うんじゃないぞ。あいつすぐ調子にのるからな」


「わかっている。だからおまえに話ているんだ」


「そうかい」


「次は、そうはいかんだろうな」
「だろうな、敵の指揮官は、好機を逃したと思っているだろう。次は必ず深く攻め込んでくる」
 そこを狙うのも悪くはないかもしれん。メロシカムは付け加えた。

「親父が牧場跡を落とした」


 ダレムはドルフ王の次男である。連絡は伝書鳩と鏡の反射を使った信号をつかって取り合っている。


「そいつはよかった。久しぶりにいい知らせを聞いた」


「だが、騎馬隊を失ったそうだ」


「そいつは、困ったな」


 眉をしかめた。


「援軍は遅れないから、もう、しばらくがんばれとさ」


「ずいぶん悪い知らせじゃないか」


「わかっている。だからおまえに話しているんだ」


 少し笑った。








 アリゾム山、山中、オラノフ達は周囲を警戒しながらも、狭い山道を行軍していた。今だアリゾム山山岳部隊との交戦はない。

 音がした。何かを切ったような音。ドワーフの兵が飛ばされた。山の木の隙間から丸太が滑るように落ちてきた。一本ではない。山の斜面、複数の丸太が木と木の隙間を抜け滑り落ちてきた。


「受けろ」


 と、オラノフは言った。避けろではなく、受けろと言った。滑り落ちる丸太をドワーフの兵は鎧の胸当てで受け止めた。何人かの兵がはじき飛ばされた。


「来るぞ」


 山の斜面、木と木の間から二十人ほどの人間が滑り落ちるように現れた。

 ドワーフの兵が身構えた。

 人間の兵は矢をつがえていた。

「オラノフ様!」
 矢はオラノフの方へ集中して向いていた。小型のクロスボウである。

 放たれた。

 矢は木々の間をすり抜け、オラノフに向かった。

「器用なことを」

 オラノフはなぎなたを短めに持ちはじいた。

 人間の兵は武器を短めの直刀に持ち替えた。

「止まれ」


 デノタスは兵を止めた。

「退くぞ」


 静かに、木々の間をすり抜けるように人間の兵は退いた。


「追いかけますか」


 ノードマンは言った。


「いや、待ち伏せをしている可能性がある」


「新しく、罠を設置したようですね」


 ゴキシンが記録したものに、この罠は無かった。


「そのようですね。私が知らない罠かもしれません」


 ゴキシンは言った。

「あれが、山岳部隊か」
 手ごわいな。オラノフは付け加えた。
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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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