第四十四話、火

文字数 1,817文字

「いいんですか、こんなことして」


 カルデは言った。


「よくはないが、命令だ」


 モディオルは目を細めた。煙が辺りに充満している。

 森が燃えていた。モディオル達が燃やしたのだ。


「どうせ、噴火したら燃えちまうんだろ」


 モディオルの部下であるスルガムヌは油壺をくくりつけた火矢を放ちながら言った。


「うるせぇモップ頭、いくら噴火したってな、こんなとこまで燃えねぇよ」


 ギリム山から二十キロほど離れた南の森である。


「糧道だからな。この辺りも燃やしておかないと、意味が無い」


 ここ、だけではない。モディオルは部下に命じて、ギリム山周辺の森とドワーフの軍につながる道に火を放った。


「しかし、森が燃えたら、回りの住人が困るのでは、もうすぐ冬ですよ」


 冬になると、暖房用の薪が必要になる。


「困るだろうな」


「なら」


「ギリム山のドワーフが来たら、困るだろ」


「しかし」


「千二百の兵で、二万のドワーフは押さえられない。残念ながら、この策しか無い」


 ギリム山周辺に火を放ち援軍を止める。最初、モディオルが軍事顧問のペックスに、この策をつげられたとき、カルデと同じような反応だった。他に方法がないと言われれば、確かに方法はなかった。


「そうだぜカルデよ。ドワーフ相手にまともに戦えば命がいくつあっても足りねぇ。ましてや二万だ。結果は、火を見るより明らかだぜ」


 スルガムヌはゲラゲラと笑った。


「しかし、いくらなんでも」


 カルデは山育ちだ。木の大切さをよくわかっている。


「おまえは命令に従っただけだ。仮におまえがやらなくても、火は放たれた。おまえが気に病んだところで結果は変わらん。命令なんだよ」


「わかっちゃいますがね」


 カルデはしぶしぶ、油壺をつけた火矢を森にはなった。








「何じゃ」


 最初にその異変に気づいたのは、物資の運搬を手伝っていたジクロだった。道中馬車では通りにくい難所が何カ所かあった。荷を馬車から運搬用のゴーレムに入れ替え運んでいた。険しい坂道になっている。煙の筋が、いくつか見えた。森の方からである。それは徐々に増え、大気は熱を帯びた。








「やられましたな」


 ムコソルは日の落ちた東の空を見ながら行った。赤く燃えていた。


「まさか、森に火を放つとは」



 ドルフは怒りに顔をゆがめた。山に住むドワーフにとって木は大切なものだ。信仰の対象にもなっている。


「しばらくは、援軍も食糧も送られてこぬでしょう」


 ギリム山からここまで、森を通った道を使っている。森の中を通らねば、ここに来るのは難しい。それは、フエネ平原方面でも同じことだった。


「そこまでするか。人間はそこまでするのか」


「我々だって、街に火を放ちましたよ」


「それは、わしらのまねをしたというのか」


「戦争なのです。勝たねばならないのです。どのような手を使っても、言い訳など後からいくらでもできます」


「わかっておる。わかっているとも、わしらが始めたということもな」


「ええ、その通りです。悪いのは我々なのです。だから勝たねばならないのです」








「燃やしたか」


 リボルも東の空を見ていた。


「どの部隊なのでしょうか」


 スタミンは困惑した表情を浮かべた。


「おそらく、国軍だろう。千二百ほどが、東に向かっていると聞いている。ドワーフの援軍と糧道を断つため、森に火を放ったのだろう」


「よい、のでしょうか」


「今、この場においては、よい、といっていいだろう。ドワーフの援軍も糧道も断ったのだ。どれだけ火が燃えているかわからぬが、正直救われた気分も、ある」


 民は困るだろうがな。リボルは付け加えた。


「奴ら、どう出るでしょうか」


「食糧も援軍も期待できないとなれば、犠牲を気にせず、ここを、一挙に攻め潰そうとするかもしれん。もしくは、兵を一部のこし、我々を無視して、アリゾム山に向かう。あるいは全軍アリゾム山に向かうという選択肢もある」


「一挙に攻めてくれば、ここを守ればいいとして、ドワーフが兵力を、ここと、アリゾム山に分けた場合どういたしますか」


「ここにとどまるしかあるまい。数で勝っているとはいえ、ドワーフ相手に兵を分けるような余裕はない。アリゾム山に向かうドワーフに追っ手を出しても、返り討ちに遭うだけだ。ドワーフが北上する可能性もある。アリゾム山にさく兵力は残念ながら無い」


「国軍は当てにできませんか」
「わからん。だが、勝手に人の領地を燃やすような連中と、ともに戦いたいとは思わんな。助けは、欲しいがな」
 リボルは吐き捨てるように言った。
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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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