第四話、取引に関して
文字数 3,634文字
店には活気があった。馬車は常に満載で、荷物運びが穀物を積み入れていた。疲れた顔をしている者もいたが、いやそうな顔をしている者はいなかった。ルモントも仕入れに飛び回っていた。小麦や米の値段が上がっていたので、別の地方にも足を運んだ。国外の物も仕入れた。小豆や大豆などはバリイ周辺のものがまだだぶついていたので、古い物を中心に買い入れた。目立たないように買い入れるのが買い手の要望であったため、手間と価格が高くなるが、複数の生産者や問屋を通して数を集めた。二週間に一度ほど、まとめて指定した場所に運び、ワイシヒル商会に渡した。
倉庫が手狭になってきたので、新しい倉庫を借りることにした。人手が足りなくなってきたので、知り合いの口入れ屋から、身元のしっかりしている者を臨時雇いで雇うことにした。
秘書のメリアが言った。
ルモントは帳簿を見ながら言った。自然と笑みがこぼれる。
ルモントは満面の笑みを浮かべた。
一ヶ月に一度、ワイシヒル商会から、代金の支払い場所と日時を指定する手紙が来た。
いつも一人で来るよう指示を受けていたので、ルモントは一人で出かけた。物騒なので、小切手による取引を提案したが、やんわりと断られた。
グラムとの金銭の受け取りは、すでに六回行っている。その度に受け取りの場所が違った。今回は港から少し離れた寂れた宿屋だ。
狭い路地を曲がると、口ひげを生やした派手な格好をした男がいた。
目が覚めると暗闇だった。口に猿ぐつわ、手足は厳重に縛られている。おそるおそる体を横に動かしてみると、左右に壁のような感触を感じた。何かに閉じ込められている。木のにおい、まさか棺桶じゃ。ルモントは恐怖した。
箱の外から人の声が聞こえた。おそらく、ルモントを誘拐した者の声だろう。ワイシヒル商会の手の者だろうか。金払いがいいと思っていたが、最後の取引だけ代金を払わなければ十分に儲けが出る。こんなことならメリアの忠告を聞いておくべきだった。ルモントは後悔した。
「おっ、来たか」
男の声がした。ルモントの真上にいるようだった。
「これはどういうことなのかね」
ルモントの耳に、戸惑ったような、グラムの言葉が聞こえた。ワイシヒル商会は関係が無いのか。ルモントは少し希望を持った。
「おいしい取引があるって聞いてな。少しお裾分けをいただこうと思ったわけだ」
笑い声が聞こえた。
「ほう、誰に聞いたんだ」
グラムの声色が変わった。やはり、ワイシヒル商会は関係が無いようだ。とするとこいつらは一体誰なんだろうか。ひょっとしたら、新しく雇い入れた連中だろうか。あるいは、その関係者か。どうせなら、私が代金を受け取ってからさらえばいいのに、それだったら金だけ取られるだけですんだのだ。私もこんな目に遭わなくてすんだ。ルモントはそう思った。
「誰だっていいだろう。金を払うのか払わないのか、どっちなんだ!」
箱の上の男は声を荒げた。
「ルモント氏の無事を確認させて貰おうか」
「いいぜ」
ふたが開けられた。まぶしかった。三人の男と、正面の少し離れた場所にグラムがいた。人気の無い空き地のようだった。
無理矢理起こされ、猿ぐつわ越しにルマントは言った。
少し笑みを浮かべたグラムに、ルマントは泣きそうになった。
口ひげを生やした男が言った。おそらくこいつがリーダー格なのだろう。
ルモントに、人質としての価値は全くない。むしろグラムにとっては、死んで貰った方が代金を払わなくていいからありがたいぐらいなのだ。かわりの商人ならいくらでもいる。
グラムは革袋を前に出し、ひもを緩め中を見せた。金貨がずっしり入っていた。
三人の男達の口から口笛に近い息が漏れた。
グラムは金貨の入った革袋を前に出し近づいた。
口ひげの男が言った。
グラムはその声を無視して、近づいた。
グラムは止まらない。
金貨の入った革袋を前に出し近づいてくる。
グラムは男達のすぐ近くまでやってきた。
三人の男は剣を抜いた。
口ひげの男が言った。
仲間の、灰色の服を着た筋肉質の男が前に出た。
筋肉質の男が剣を振った。
グラムは金貨の入った革袋を左腕に巻き付け、剣を防いだ。革袋が破れて、何枚か金貨が飛んだ。グラムは踏み込み、右手に隠し持っていた小型の手斧で男の喉を切った。血が噴き出す。男は噴き出す血を止めようと倒れ込み喉に手をやるがすぐに動かなくなる。
口ひげの男が剣を振り回した。
グラムは破れた金貨が入った革袋を振った。口ひげの男の側頭部に当たり男は意識を失った。残った男は背を向け逃げようとした。グラムは手斧を投げた。手斧の刃が逃げた男の後頭部に刺さった。
猿ぐつわとロープから解放されたルモントは礼を言った。
口ひげの男はルモントを縛っていたロープで木にくくりつけられていた。
口ひげの男を見た。
口ひげの男は顔を背けた。
グラムは男の髪をつかみ、顔を正面に向けさせた。
グラムは男の口に手を入れ下にひいた。あごが外れた。グラムは外れた下あごに両手の指を二本ずついれ、左右に引っ張った。虫が小さく鳴くような音がした。男は涙を流している。下の二本の前歯の間から血が漏れ出した。徐々に歯と歯の間が開き、歯茎に切れ目があらわれた。男は頭を木に打ち付けながら、喉の奥から叫び声を上げた。
ルモントは目を背けた。
グラムは、男の下あごをしばらく左右に引っ張った後、外したあごを元に戻した。
憔悴した様子の男はグラムの質問にくぐもった声で素直に答えた。
ルモントとグラムが初めて会った時、ルモントを馬車で連れてきた御者がいた。彼に話を聞いたそうだ。怪しげな取引をしているドワーフがいると情報を得たようだ。御者は口ひげの男の親戚だそうだ。そこで仲間を引き連れ、ルモントをおそった。当初はルモントが金を払う側だと思っていたそうだ。ところが、ルモントの懐を探っても何も出ず、出てくるのは、領収書の束だけだった。そこで計画を変更し、その辺にいた子供に小遣いを渡し、ルモントを返してほしければ金を払えと書いた手紙をグラムに届けさせた。
グラムは他にこのことを話した人間がいないか、念入りに聞いた後、口ひげの男の頭をつかんでひねり殺した。
グラムは頭を下げた。
情報を漏らした御者のことを言っているのだろう。グラムは遠くを見つめた。
ルモントはぎこちなく笑った。
次の取引とか言われても、正直言うと、もう関わりたくない。何とか取引きを断る方法は無いか、ルモンドは考えた。
グラムは穏やかな表情でルモントを見つめた。死体が三つ、グラムの手は血にまみれている。
と答えるしかなかった。