第四話、取引に関して

文字数 3,634文字

 店には活気があった。馬車は常に満載で、荷物運びが穀物を積み入れていた。疲れた顔をしている者もいたが、いやそうな顔をしている者はいなかった。ルモントも仕入れに飛び回っていた。小麦や米の値段が上がっていたので、別の地方にも足を運んだ。国外の物も仕入れた。小豆や大豆などはバリイ周辺のものがまだだぶついていたので、古い物を中心に買い入れた。目立たないように買い入れるのが買い手の要望であったため、手間と価格が高くなるが、複数の生産者や問屋を通して数を集めた。二週間に一度ほど、まとめて指定した場所に運び、ワイシヒル商会に渡した。

 倉庫が手狭になってきたので、新しい倉庫を借りることにした。人手が足りなくなってきたので、知り合いの口入れ屋から、身元のしっかりしている者を臨時雇いで雇うことにした。


「大丈夫なんですか」


 秘書のメリアが言った。


「何がだい」


 ルモントは帳簿を見ながら言った。自然と笑みがこぼれる。


「例の取引先です。ワイシヒル商会のグラムさん、こんなに大量の穀物を買い込んでどうする気なんですか」


「さぁ、何をする気なんだろうね」


「ひょっとして、その」


「おいおい、お客さんが何をしようがそれは勝手だよ。うちとしては、お金さえ払ってくれればいいわけだし、詮索はなしだ」


「でも」


「でもは、なしだ。お客さんの要望に応えるのが私たちの仕事だ。商品を届ける。お金を受け取る。ワイシヒル商会のグラムさんは金払いがいい。文句ない」


 ルモントは満面の笑みを浮かべた。



 一ヶ月に一度、ワイシヒル商会から、代金の支払い場所と日時を指定する手紙が来た。

 いつも一人で来るよう指示を受けていたので、ルモントは一人で出かけた。物騒なので、小切手による取引を提案したが、やんわりと断られた。

 グラムとの金銭の受け取りは、すでに六回行っている。その度に受け取りの場所が違った。今回は港から少し離れた寂れた宿屋だ。

 狭い路地を曲がると、口ひげを生やした派手な格好をした男がいた。


「よう、ルモントさんだな」
 見知らぬ男に声をかけられ戸惑っていると、背後から首に太い腕が巻かれた。首が絞められる。ルモントは意識を失った。


 目が覚めると暗闇だった。口に猿ぐつわ、手足は厳重に縛られている。おそるおそる体を横に動かしてみると、左右に壁のような感触を感じた。何かに閉じ込められている。木のにおい、まさか棺桶じゃ。ルモントは恐怖した。

 箱の外から人の声が聞こえた。おそらく、ルモントを誘拐した者の声だろう。ワイシヒル商会の手の者だろうか。金払いがいいと思っていたが、最後の取引だけ代金を払わなければ十分に儲けが出る。こんなことならメリアの忠告を聞いておくべきだった。ルモントは後悔した。

「おっ、来たか」

 男の声がした。ルモントの真上にいるようだった。

「これはどういうことなのかね」

 ルモントの耳に、戸惑ったような、グラムの言葉が聞こえた。ワイシヒル商会は関係が無いのか。ルモントは少し希望を持った。

「おいしい取引があるって聞いてな。少しお裾分けをいただこうと思ったわけだ」

 笑い声が聞こえた。

「ほう、誰に聞いたんだ」

 グラムの声色が変わった。やはり、ワイシヒル商会は関係が無いようだ。とするとこいつらは一体誰なんだろうか。ひょっとしたら、新しく雇い入れた連中だろうか。あるいは、その関係者か。どうせなら、私が代金を受け取ってからさらえばいいのに、それだったら金だけ取られるだけですんだのだ。私もこんな目に遭わなくてすんだ。ルモントはそう思った。

「誰だっていいだろう。金を払うのか払わないのか、どっちなんだ!」

 箱の上の男は声を荒げた。

「ルモント氏の無事を確認させて貰おうか」

「いいぜ」

 ふたが開けられた。まぶしかった。三人の男と、正面の少し離れた場所にグラムがいた。人気の無い空き地のようだった。

「グ、グラムさん」


 無理矢理起こされ、猿ぐつわ越しにルマントは言った。


「無事でなにより」


 少し笑みを浮かべたグラムに、ルマントは泣きそうになった。 


「さぁ、金を払って貰おうか」


 口ひげを生やした男が言った。おそらくこいつがリーダー格なのだろう。


(それにしても、グラムさんは、危険を冒してまでなぜ来てくれたのだろうか)


 ルモントに、人質としての価値は全くない。むしろグラムにとっては、死んで貰った方が代金を払わなくていいからありがたいぐらいなのだ。かわりの商人ならいくらでもいる。


「これだけあれば文句はあるまい」


 グラムは革袋を前に出し、ひもを緩め中を見せた。金貨がずっしり入っていた。

 三人の男達の口から口笛に近い息が漏れた。

 グラムは金貨の入った革袋を前に出し近づいた。


「おい、そこで止まれ、カネをこっちによこせ」


 口ひげの男が言った。

 グラムはその声を無視して、近づいた。


「おい! 止まれって言っているだろう! 聞こえねぇのか!」


 グラムは止まらない。


「止まれ、じじい! カネだけ投げろ!」


「いらんのかね」


 金貨の入った革袋を前に出し近づいてくる。


「だから投げろって!」


 グラムは男達のすぐ近くまでやってきた。


「抜け!」


 三人の男は剣を抜いた。


「わしは、じじいでは無いぞ」


「何言ってやがる。や、やっちまえ」


 口ひげの男が言った。

 仲間の、灰色の服を着た筋肉質の男が前に出た。


「わしは百六十を少し過ぎたところじゃ。まだじじいではない」


 筋肉質の男が剣を振った。

 グラムは金貨の入った革袋を左腕に巻き付け、剣を防いだ。革袋が破れて、何枚か金貨が飛んだ。グラムは踏み込み、右手に隠し持っていた小型の手斧で男の喉を切った。血が噴き出す。男は噴き出す血を止めようと倒れ込み喉に手をやるがすぐに動かなくなる。


「くそ!」


 口ひげの男が剣を振り回した。

 グラムは破れた金貨が入った革袋を振った。口ひげの男の側頭部に当たり男は意識を失った。残った男は背を向け逃げようとした。グラムは手斧を投げた。手斧の刃が逃げた男の後頭部に刺さった。



「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 猿ぐつわとロープから解放されたルモントは礼を言った。


「いえいえ、ご無事で何よりです」


「しかし、彼らは、何者なんでしょうか」


 口ひげの男はルモントを縛っていたロープで木にくくりつけられていた。


「まぁ、すぐに口を割るでしょう」


 口ひげの男を見た。


「誰が話すか!」


 口ひげの男は顔を背けた。


「まぁ、そう言わずに」


 グラムは男の髪をつかみ、顔を正面に向けさせた。


「やめろ! じじい! ぐっ」


 グラムは男の口に手を入れ下にひいた。あごが外れた。グラムは外れた下あごに両手の指を二本ずついれ、左右に引っ張った。虫が小さく鳴くような音がした。男は涙を流している。下の二本の前歯の間から血が漏れ出した。徐々に歯と歯の間が開き、歯茎に切れ目があらわれた。男は頭を木に打ち付けながら、喉の奥から叫び声を上げた。


(本当に、口を割ってる)


 ルモントは目を背けた。



 グラムは、男の下あごをしばらく左右に引っ張った後、外したあごを元に戻した。

 憔悴した様子の男はグラムの質問にくぐもった声で素直に答えた。

 ルモントとグラムが初めて会った時、ルモントを馬車で連れてきた御者がいた。彼に話を聞いたそうだ。怪しげな取引をしているドワーフがいると情報を得たようだ。御者は口ひげの男の親戚だそうだ。そこで仲間を引き連れ、ルモントをおそった。当初はルモントが金を払う側だと思っていたそうだ。ところが、ルモントの懐を探っても何も出ず、出てくるのは、領収書の束だけだった。そこで計画を変更し、その辺にいた子供に小遣いを渡し、ルモントを返してほしければ金を払えと書いた手紙をグラムに届けさせた。

 グラムは他にこのことを話した人間がいないか、念入りに聞いた後、口ひげの男の頭をつかんでひねり殺した。


「申し訳ない。どうやら、わしが前に雇った男が話を漏らしたようだ、わしの責任じゃな」


 グラムは頭を下げた。


「いえいえ、グラムさんの責任ではありません。ほら、こうやって助けてもらえたわけだし、気にしないでください」


「そう言っていただけると、ありがたい。口の固い男だと思っておったが残念じゃよ」 


 情報を漏らした御者のことを言っているのだろう。グラムは遠くを見つめた。


「そ、そうですね。そういうの大事ですよね」


 ルモントはぎこちなく笑った。


「今回のことはわしの責任だ。本当に申し訳ないことをした。次の取引の時に迷惑料として償わしてほしい」


「そんな気にしないでください」


 次の取引とか言われても、正直言うと、もう関わりたくない。何とか取引きを断る方法は無いか、ルモンドは考えた。


「こんなことが起こった後に言うのもなんじゃが、今後ともわしらと、取引を続けてほしいのだが、いかがかな」


 グラムは穏やかな表情でルモントを見つめた。死体が三つ、グラムの手は血にまみれている。


「はい」


 と答えるしかなかった。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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