第七十四話、アリゾム山の攻防四
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アリゾム山、東の、麓近くの河原で人間に囲まれながらも戦っていたドワーフの動きが急に鈍くなった。
ヘレクスも体が重く、斧を持つ指先がしびれてきた。
ヘレクスは左腕に刺さった矢を引き抜き、傷口にかみつき肉をはき出した。
あらかじめ、ゴキシンから山岳部隊が使う毒のことを聞いていた。解毒薬を用意していた。どの毒かわからないので、すべて口の中に押し込んだ。
ヘレクスは雄叫びを上げ斧を振り回した。
ズッケルはあきれた声を出した。矢には即効性のしびれ薬が塗ってある。致死性の毒は効果が出るまで時間がかかるうえドワーフに効くかどうかわからなかった。
しびれ薬で動きが鈍ったドワーフを背後から攻撃しようと副司令官のエンペドは考えていたが、思ったより効果が薄い。ドワーフは、しびれ薬の所為で、たまに斧を振り落としているが、落したら拾いに行き、落とした斧が見つからなければその辺に落ちている槍を拾い殴りに行く。多少の肉体的異常では、ドワーフの戦力を大きくそぐことはできなかった。
一連の戦闘で、ドワーフにもそれなりの犠牲が出ていたが、人間の兵の方が犠牲が多い。左右を押し広げながら、人を切り刻んでいる。エンペドはスプデイルの元へ兵をやり、ふもとまで撤退するよう伝えた。
オラノフは東に向かう兵を止めた。
何人かのドワーフが、異臭を感じたためである。
鉱山で暮らすドワーフは、匂いに関して敏感であった。ガスだまりなどがあると命に関わるためである。異臭を感じたドワーフ兵はすべて鉱山で働いた経験があった。
注意深く匂いをかぐと、木が焦げる匂いと、何かの薬品の匂いを感じた。オラノフは匂いの元をたどろうとしたが、よくわからなかった。
何かが飛んできた。北側、山の斜面から煙を吹き出す筒状の物が、オラノフの部隊目がけ複数投げられた。
ゴキシンが言った。
竹筒から煙が吹き出していた。オラノフの部隊の一部が煙で隠れた。あちこちでドワーフが咳き込む音がする。
言いながらオラノフは咳き込んだ。鼻の奥がひりひりと痛み、喉に異物感があった。
影が差した気がした。
なぎなたを上に持ち上げた。
重み。金属音。
刃物を持った人間が上から降ってきた。ファバリンが腰にロープを結び木の上から分厚い短刀を持ち、飛び降りてきた。オラノフはなぎなたで防いだ。
何人か木の上から人間の兵が飛び降りてきた。不意を突かれ、組み討ちになり、人間の兵にのど笛をかっきられていた。人間の兵は、口元を水で濡らした布で覆っている。
ファバリンは、腰のロープを切った。地面に降りると、煙の中からなぎなたが振り払われた。
短刀を前に防ぐ。火花が飛び散る。のけぞる。木につかまり、バランスを取る。突き、なぎなたの突きが来る。木の陰に隠れる。木片が飛ぶ。
オラノフが咳き込む。
デノタスが斜面を駆け下り、山刀を振るう。オラノフはなぎなたの柄で防ぐ。
ファバリンが短刀から直刀に持ち替え、オラノフの腕を突く。オラノフは腕を引いて、なぎなたで突く。ファバリンは後ろに飛び避ける。
他のドワーフがオラノフの元へ駆け寄ろうとする。
マッチョムが兵を十人ほど引き連れ、他のドワーフとオラノフの間に入る。
ファバリンがオラノフの鎧の隙間を狙って、突きを入れる。オラノフは体を動かし鎧の隙間を埋める。直刀は、ミスリルの鎧にはじかれる。
デノタスがオラノフの首筋を狙い山刀を振るう。オラノフはそれをなぎなたで防ぐ。背後からマッチョムが山刀で切りつける。振り返りなぎなたを振るう。山刀がはじかれる。デノタスがオラノフの脇の下目がけ突きを放ち、ファバリンがオラノフの内太ももを裂こうとする。オラノフはなぎなたでデノタスの山刀を払い、ファバリンの直刀はこぶしを固め叩く。直刀は先端が地面に刺さり根元から折れる。なぎなたを片手で振り回す。三人は思わず飛び退く。
ファバリンは直刀を捨て、短刀に持ち替えた。デノタスと目を合わせる。煙はまだ残ってはいるが、ドワーフが集まってきている。退却の合図を出そうとしたとき、オラノフが咳き込んだ。
マッチョムがオラノフの背中に飛びついた。身長差があるため、横幅が分厚い子供に飛びついたような光景である。マッチョムは山刀で首をかききろうとした。オラノフは刃と首の間に手甲を入れ防ぐ。
デノタスが、オラノフのなぎなたを持っている腕にしがみつく。
ファバリンが、短刀を手に駆け寄る。鎧の隙間を狙う。横から、ゴキシンがファバリンに体当たりした。転がる。同時に立ち上がる。ゴキシンの手にも短刀がある。
目が合う。
ぶつかる。
ゴキシンはファバリンの右胸を、ファバリンはゴキシンの右胸を刺した。
デノタスがオラノフの腕を放し、ファバリンに駆け寄る。オラノフは背中のマッチョムを掴んで投げる。
デノタスは山刀を振り下ろし、ゴキシンの首を切った。
ファバリンの腕を掴む。
オラノフが近づいてくる。
ファバリンは胸を押さえている。
デノタスが叫ぶ。
マッチョムが煙筒を投げた。
デノタスがファバリンを引きずるように移動する。
煙が晴れると、山岳部隊の姿は無かった。
オラノフはゴキシンの首筋を押さえた。頸動脈を切られている。血は止まらない。
ゴキシンは言った。
オラノフは答えた。
いくつか息をした後、ゴキシンは死んだ。