第七十四話、アリゾム山の攻防四

文字数 2,366文字

 アリゾム山、東の、麓近くの河原で人間に囲まれながらも戦っていたドワーフの動きが急に鈍くなった。

 ヘレクスも体が重く、斧を持つ指先がしびれてきた。

「毒か」


 ヘレクスは左腕に刺さった矢を引き抜き、傷口にかみつき肉をはき出した。


「毒消しを食え!」


 あらかじめ、ゴキシンから山岳部隊が使う毒のことを聞いていた。解毒薬を用意していた。どの毒かわからないので、すべて口の中に押し込んだ。


「よし!」


 ヘレクスは雄叫びを上げ斧を振り回した。








「よしって、そんな簡単なのかよ」


 ズッケルはあきれた声を出した。矢には即効性のしびれ薬が塗ってある。致死性の毒は効果が出るまで時間がかかるうえドワーフに効くかどうかわからなかった。


「これ無理だな」


 しびれ薬で動きが鈍ったドワーフを背後から攻撃しようと副司令官のエンペドは考えていたが、思ったより効果が薄い。ドワーフは、しびれ薬の所為で、たまに斧を振り落としているが、落したら拾いに行き、落とした斧が見つからなければその辺に落ちている槍を拾い殴りに行く。多少の肉体的異常では、ドワーフの戦力を大きくそぐことはできなかった。

 一連の戦闘で、ドワーフにもそれなりの犠牲が出ていたが、人間の兵の方が犠牲が多い。左右を押し広げながら、人を切り刻んでいる。エンペドはスプデイルの元へ兵をやり、ふもとまで撤退するよう伝えた。








 オラノフは東に向かう兵を止めた。

 何人かのドワーフが、異臭を感じたためである。

 鉱山で暮らすドワーフは、匂いに関して敏感であった。ガスだまりなどがあると命に関わるためである。異臭を感じたドワーフ兵はすべて鉱山で働いた経験があった。


「警戒しろ」


 注意深く匂いをかぐと、木が焦げる匂いと、何かの薬品の匂いを感じた。オラノフは匂いの元をたどろうとしたが、よくわからなかった。

 何かが飛んできた。北側、山の斜面から煙を吹き出す筒状の物が、オラノフの部隊目がけ複数投げられた。


「煙筒ですぞ」


 ゴキシンが言った。


「何ですかそれは」


「目くらましです。喉をやられ、咳が止まらなくなります」


 竹筒から煙が吹き出していた。オラノフの部隊の一部が煙で隠れた。あちこちでドワーフが咳き込む音がする。


「落ち着け! 敵が来るぞ! ただの目くらましだ。喉をやられるぞ。ゴホッ」


 言いながらオラノフは咳き込んだ。鼻の奥がひりひりと痛み、喉に異物感があった。

 影が差した気がした。

 なぎなたを上に持ち上げた。

 重み。金属音。


「ちっ」


 刃物を持った人間が上から降ってきた。ファバリンが腰にロープを結び木の上から分厚い短刀を持ち、飛び降りてきた。オラノフはなぎなたで防いだ。

 何人か木の上から人間の兵が飛び降りてきた。不意を突かれ、組み討ちになり、人間の兵にのど笛をかっきられていた。人間の兵は、口元を水で濡らした布で覆っている。

 ファバリンは、腰のロープを切った。地面に降りると、煙の中からなぎなたが振り払われた。


「おう」


 短刀を前に防ぐ。火花が飛び散る。のけぞる。木につかまり、バランスを取る。突き、なぎなたの突きが来る。木の陰に隠れる。木片が飛ぶ。

 オラノフが咳き込む。


「おらぁ!」


 デノタスが斜面を駆け下り、山刀を振るう。オラノフはなぎなたの柄で防ぐ。

 ファバリンが短刀から直刀に持ち替え、オラノフの腕を突く。オラノフは腕を引いて、なぎなたで突く。ファバリンは後ろに飛び避ける。

 他のドワーフがオラノフの元へ駆け寄ろうとする。

 マッチョムが兵を十人ほど引き連れ、他のドワーフとオラノフの間に入る。

 ファバリンがオラノフの鎧の隙間を狙って、突きを入れる。オラノフは体を動かし鎧の隙間を埋める。直刀は、ミスリルの鎧にはじかれる。

 デノタスがオラノフの首筋を狙い山刀を振るう。オラノフはそれをなぎなたで防ぐ。背後からマッチョムが山刀で切りつける。振り返りなぎなたを振るう。山刀がはじかれる。デノタスがオラノフの脇の下目がけ突きを放ち、ファバリンがオラノフの内太ももを裂こうとする。オラノフはなぎなたでデノタスの山刀を払い、ファバリンの直刀はこぶしを固め叩く。直刀は先端が地面に刺さり根元から折れる。なぎなたを片手で振り回す。三人は思わず飛び退く。

 ファバリンは直刀を捨て、短刀に持ち替えた。デノタスと目を合わせる。煙はまだ残ってはいるが、ドワーフが集まってきている。退却の合図を出そうとしたとき、オラノフが咳き込んだ。

 マッチョムがオラノフの背中に飛びついた。身長差があるため、横幅が分厚い子供に飛びついたような光景である。マッチョムは山刀で首をかききろうとした。オラノフは刃と首の間に手甲を入れ防ぐ。

 デノタスが、オラノフのなぎなたを持っている腕にしがみつく。


「もらった!」


 ファバリンが、短刀を手に駆け寄る。鎧の隙間を狙う。横から、ゴキシンがファバリンに体当たりした。転がる。同時に立ち上がる。ゴキシンの手にも短刀がある。

 目が合う。

 ぶつかる。

 ゴキシンはファバリンの右胸を、ファバリンはゴキシンの右胸を刺した。


「頭!」


 デノタスがオラノフの腕を放し、ファバリンに駆け寄る。オラノフは背中のマッチョムを掴んで投げる。

 デノタスは山刀を振り下ろし、ゴキシンの首を切った。

 ファバリンの腕を掴む。

 オラノフが近づいてくる。

 ファバリンは胸を押さえている。


「いてぇ」


「撤収!」


 デノタスが叫ぶ。

 マッチョムが煙筒を投げた。

 デノタスがファバリンを引きずるように移動する。

 煙が晴れると、山岳部隊の姿は無かった。


「ゴキシン殿」


 オラノフはゴキシンの首筋を押さえた。頸動脈を切られている。血は止まらない。


「やはり、迷ってしまいました」


 ゴキシンは言った。


「そんなもんですよ」


 オラノフは答えた。

 いくつか息をした後、ゴキシンは死んだ。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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