第七話、領主

文字数 2,658文字

 バリイの領主は頭を抱えていた。ドワーフからの突然の宣戦布告をどう対処していいか悩んでいるうちに、ギリム山の近くの村が焼き払われた。慌てて兵を出すと、その兵も蹴散らされた。

 長年よき隣人であったドワーフがかくも凶暴で手強い敵になるとは思ってもいなかった。そもそもなぜ襲われなければならないのか意味がわからなかった。


「エールを求めてでしょうか」


 重臣の一人が言った。


「そんなふざけた理由で攻めてくると本気で思っているのか」


 民の間では、そんなうわさ話をする者もいる。


「いえ、しかし、ドワーフが人間を攻める理由がありません。そもそも彼らは日の光をあまり好まないのでは」


「積極的に好むわけではないですが、別段嫌っているわけでもないですよ。普通に地上で生活している者もいます」


 シャベルトが言った。

 ギリム山のドワーフに詳しい者はいないかと言う話になり、長年ギリム山周辺で活動している学者がいるぞと、エルリムに避難していたシャベルトが領主の元に連れてこられた。


「では、なぜなのだ」


 宣戦布告をしに来たドワーフたちから、なんの説明も無かった。

「彼らの住む山に何かあったのかもしれません」


 シャベルトは一年ほど前に湖に見た光景を思い出した。あれから何度も湖を調査したが、あの現象の原因はわからなかった。


「なにがあったのだ」


「さぁ、わかりませんが。鉱物が出なくなったのか。あるいは、山自体に住めなくなったのか。私はドワーフの専門家じゃ無いですからね」


 多少すねたような口調で言った。


「食い扶持がなくなったからおまえ達の土地をよこせとは、まるで盗賊のような所行だな」


 領主は深い失望を感じた。数百年にわたって山のドワーフと人間はよい関係を持っていたと思っていたが、それがあっけなく崩れた。しかも理由がわからない。


「ドワーフの軍は今どこにいる」

「エルリムの街の外に、陣を張っているようです。数はおよそ六百」


 総司令官が言った。


「勝てない数ではないが」


 領内の兵をかき集めればあと二千は用意できる。なるべくなら避けたいが国軍に頼ることもできる。


「ただ奴らはかなり精強で、ミスリル合金の鎧で身を固めておりまして、弓矢も通じず、魔法もあまり通じないでしょう。いささか苦戦している状態であります」


 総司令官は釈明した。


「勝てぬのか」

「いや、勝てないわけでは、ご命令があればすぐにでも、しかし、かなりの犠牲が出るかと」


「それほど強いか」


「ドワーフですから」


 総司令官は顔を伏せた。


「そもそも、山のドワーフはどれぐらいるのだ」


 領主はシャベルトに目線を向けた。


「正確な数はわかりませんが、四十年ほど前に、私の師がギリム山のドワーフ王に聞いたそうで、確か二万近くいるとか」


「二万か、ギリム山の坑道にはそんなに住めるのか。女が半数として、戦えるのは多くても四千から五千と言ったところか」


 眉をしかめた。

「イグリット様、彼らは人と比べ長命です。戦える者は多くなるのでは」


「そうか、人とは寿命が違っていたな。確か三百年近く生きると聞く。百歳生きてても、彼らの基準では壮年なのだな。そうなると実戦経験を持つ者が多数いると言うことになるのか」


 ため息をついた。


「ドワーフは女性の数が男と比べ少なく、三分の一程度と言われています。おそらく、寿命が長い分、増えすぎないよう、女性が生まれてくる確率を下げているのでしょう。ですから、男の数が、もうちょっと増えますね」


「もっと数が増えるということか。エルリムの街の外に陣どっている兵以外のドワーフはどこにいるのだ」


「わかりません。領内に斥候を放っていますが、いまのところ六百以外は確認できていません」


「他の場所も狙っている可能性があると言うことだな」


「はい、各地に伝令を出して、守りを固めさせています」


「エルリムの守護兵は何人いる」


「元々いた兵が百、援軍をさらにだしましたから、八百程度です」


「大丈夫なのか。エルリムを抜かれると、ここバリイまで、オラム砦とサロベルの町ぐらいしか残っていないぞ」


「エルリムの壁は、古いですがかなり頑丈にできております。ドワーフの斧も城壁には無力でしょう。それに攻めるより守る方が容易です。市民からも兵を募ることも可能です。食料も十分ありますし、壁を盾に相手の出方を見てはどうでしょう」


「なるほど」


「あの、その、エルリムの壁ですが」


「なんだ」


 総司令官は不機嫌そうな顔をした。


「確か、エルリムの壁は、二百年ほど前にドワーフが作ったはずですよ。友好の証に。あんまり、信用できないんじゃあないですかね」


 シャベルトは遠慮がちに言った。


「援軍をさらに増やせ、二百、いや五百、送れ」


 領主は命じた。

「しかし、それでは、他の守りが手薄になります」


「いいからやれ」


「はっ」


 総司令官は顔を少し赤らめ席を立った。


「君、シャベルトといったな」


「はい」


「君のアドバイスは非常に参考になった。そこで一つお願いがあるのだが」


「はぁ、なんでしょう」


 シャベルトは不安げな顔をした。


「ドワーフが攻めてきた理由を知りたい。人をつけるから調べてもらえないだろうか」


「え、私ですか。でも、私、ギリム山周辺の動植物学の人間なので、ドワーフの専門家じゃないんですよ」


 シャベルトは断ろうとしたが、ドワーフも動物だろうと、領主に強引に押し切られた。



 翌日、シャベルトが泊まっている街の宿屋に、一人の男が訪ねた。背嚢を背に腰に剣をぶら下げている。


「シャベルト様、あなたを守るよう命じられましたヘセントというものです。何なりとご命令ください」


「ああ、聞いてますよ。まったくやっかいな、私なんかには荷が重い仕事です」


 シャベルトは、すでに荷をまとめ旅支度を終えていた。


「どこにいくのですか」


「とりあえず、師のソロンに会おうと思います」


「どこにいらっしゃるのですか」


「前に手紙を貰った時は、グリオム山で薬草の研究をしているとありました。そこに行ってみます」


「グリオム山ですが、ずいぶんお元気なかたなのですね」


 グリオム山はかなり険しい山と聞く。シャベルトの年齢が四十を少しこえたぐらいなので、その師となると、若くても六十代、七十、八十歳代であってもおかしくはない。


「ああ、私の師は人ではないのです。エルフなのです。年は七百歳ぐらいだったと思いますよ」


「エルフ、ですか」


「ええ、長生きしている分、私なんかより、ドワーフに詳しいんです。ドワーフの王とも昔からの知り合いみたいだし」


 何で私なのかなあー、シャベルトはつぶやきながら歩いた。


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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