第十八話、エルフ、ソロン

文字数 2,395文字

 幾度となく、寄り道を繰り返しながら、シャベルトの師ソロンがいると言われているグリオム山中腹にシャベルト一行は、ようやくたどり着いた。少し開けた場所で、古い山小屋が一軒見えた。

 がさりと、背後から音がした。


「ほう、珍しい客だな」


 木々の間だから、杖をもった太めの、背の高い男が出てきた。


「何者! いっ!」


 ヘセントは、とっさに剣の柄に手をかけたが、男の杖が、ヘセントの手に軽く打ち込まれ、封じられた。


「先生! あっ、ヘセントさん、この方が私の師のソロンです。先生、彼はバリイ領の騎士ヘセントさんです。私の護衛です」


 シャベルトは二人の間に立った。ソロンはしばしシャベルトとヘセントを眺めた。


「なにやら訳ありのようだな、狭いが小屋の中へ、話を聞こう」







「先ほどは失礼をしました」


 ヘセントは頭を下げた。


「よい、おおかた、私のことを、山の中から突如現れた凶悪な人食いオークと間違えたのだろう。こう見えても、本物のエルフだ」


 ソロンは笑いながら言ったが、目は笑っていない。

 小屋の中は、広くはないがこざっぱりしていた。三人は椅子に座った。


「いえ、そのようなことは」


 ヘセントの目は泳いでいた。


「それで、我が弟子シャベルトが護衛までつけてお越しとは、どんなやっかいごとかね」


「それがいろいろありまして」


 シャベルトは、ドワーフが村を燃やしてエルリムにまで攻めてきたことを、ドワーフがバリイに攻め込んできた理由を調査するよう領主に頼まれたことを話した。


「ドワーフが、ドルフがか」


 ソロンはしばし宙を見つめた。


「ギリム山のドワーフ王と知り合いだと思い出し、先生の元へ来たんです。私はドワーフのことをよく知らないので、先生に聞けば何かわかると思ったんです」


「思い当たることが、一つだけある」


「なんですか」


「噴火だ」


「噴火ですか」


「ああ、三千年ほど前、ギリム山は噴火をしたことがある。エルフの歴史語りに聞いたことがある。そのことは、ドルフに何度か忠告していたのだが、真剣に受け止めていなかったようだな」


 ソロンはため息をついた。

 寿命が長いエルフは、古い歴史を、口承によって伝えていく文化がある。


「三千年前では、なかなか重く受け止めるのは難しいでしょう」


 ドワーフの寿命は三百年程度、エルフとは感覚が違う。


「ああ、奴も同じようなことを言っておった。三千年前のことなんて考えてられるかよ。とな」


「そういえば、ギリム山の近くの湖で、湖に穴が空いたのを見ました。水が分解していくかのように穴が空いたんです」


「天変地異が起こる前後にそのような現象が起こると聞いたことがある。詳しくは知らんが、地面にたまった力が空間を歪ませるとか」


「噴火すると、ギリム山はどうなるのですか」


「住んでいたら全滅だろう。地下のマグマがドワーフの鉱山を焼き尽くすことになる」


「では、噴火から逃れるために、バリイに宣戦布告をしたということですか」


「かもしれぬ」


「噴火が収まるまで、避難すればいいのでは」


「いつ収まるかわからん。それに、噴火が起きた山に再び住む気になれるか。二、三十年は無理だろう」


「しかし、何もだからといって、戦争をしなくても、同情はしますが、焼け出された村の人たちや、殺された兵もいるのですよ。そんなの身勝手だ!」


 ヘセントはこぶしを握りしめた。


「まったく、その通りだよ。奴の選択は間違っているとしか思えん。奴には奴の事情があるかもしれんがね。村を焼いたのは、おそらく、そこに人が戻ってこないようにするためだろう。噴火が起きれば、ギリム山周辺はどのみち火の海になる。避難の二度手間になるのを防ごうと考えたのかもしれん」


「普通に話してくれれば、人間は、人間は、納得しましたよ。彼らのドワーフの避難場所も用意したはずです」


「ふむ、かもしれん。かもしれんが、そう思わない者もいたのだろう。噴火が起これば天候も狂う。食糧の確保も難しくなる。人間は自分の食い扶持を減らしてドワーフに食べ物を与えるだろうか。一年や二年の話ではないのだ。数十年、かかるやもしれん。ドワーフと人間は同族ではない。人間はそこまで寛容か、ドワーフはそこまで我慢強いか。国を失った者の末路は悲惨だ。帰れたところで、そこは、元のギリム山ではないかもしれん。流浪の民として生きるよりも、たとえ身勝手だとしても、どこかに自分達の居場所を手に入れたい。そう考えたのかもしれない」


「しかし」


「すべて推測だ。別の理由があるのかもしれない」


「では、先生、確かめに行かれてはどうでしょうか」


「私がか」


 少し驚いた表情をした。


「ええ、他にドワーフの王と知り合いの者などいませんから」


「戦争中にか」


「ええ、ですが、先生はエルフです。少し太っていて、見栄えは悪いですが、エルフです。オークと間違われて討伐される危険性はありますが、ドワーフの王と知り合いならば、捕まり殺される可能性は少ないのではないですか」


「何か悪口が聞こえたような気がしたが、それはいいとして、一理ある」


「そうでしょうそうでしょう。では、あとのことは、先生にお任せします」


 シャベルトは立ち上がろうとした。


「おい、まさかと思うが、面倒ごとをなすりつけた上、師一人を危険な目に合わせようとなどと考えているわけではないよな」


 ソロンはにらみつけた。


「面倒ごとだなんて、はっはっはっ、しかし私は人間ですし、ドワーフと敵対している立場ですから、ね」


「行きましょう。ドワーフの王に会い、どういうことなのか問い詰めましょう」


 ヘセントは立ち上がった。


「彼は行く気だぞ」


 ソロンはシャベルトの肩をつかんだ。その手はごつごつと太い。

「いっ、わかりましたよ。師匠思いの弟子であるシャベルトもついていきますよ」


 シャベルトは言った。


「その前に一度、領主様の元へ戻りましょう。許可をいただかねば」

「まったく、やっかいなことになったものだ」


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登場人物紹介

ドルフ

ドワーフの王

ムコソル

ドルフの側近

ロワノフ

ドワーフの王ドルフの長男

ダレム

ドワーフの王ドルフの次男

ドロワーフ

ハンマー使い

メロシカム

隻腕の戦士

トンペコ

ドワーフの軽装歩兵部隊の指揮官

ミノフ

グラム


ジクロ

ドワーフの魔法使い

呪術師

ベリジ

グルミヌ

ドワーフの商人

オラノフ

ゴキシン

ドワーフの間者

部下

ノードマン

ドワーフ部下

ヘレクス

カプタル

ドワーフ兵士

ガロム

ギリム山のドワーフ

ハイゼイツ

ドワーフ

ドワーフ


マヨネゲル

傭兵

マヨネゲルの部下

ルモント

商人

メリア

秘書

バリイの領主

イグリット

アズノル

領主の息子

イグリットの側近

リボル

バリイ領、総司令官

レマルク

副司令官

ネルボ

第二騎馬隊隊長

プロフェン

第三騎馬隊隊長

フロス

エルリム防衛の指揮官

スタミン

バナック

岩場の斧、団長

バナックの弟分

スプデイル

歩兵指揮官

ザレクス

重装歩兵隊大隊長

ジダトレ

ザレクスの父

マデリル

ザレクスの妻

 ベネド

 副隊長

ファバリン

アリゾム山山岳部隊司令官

エンペド

アリゾム山山岳部隊副司令官

デノタス

アリゾム山山岳部隊隊長

マッチョム

アリゾム山山岳部隊古参の隊員

ズッケル

アリゾム山山岳部隊新人

ブータルト

アリゾム山山岳部隊新人

プレド

サロベル湖の漁師

ピラノイ

サロベル湖のリザードマン

ロゴロゴス

リザードマンの長老

リザードマンの長老

リザードマン

ルドルルブ

リザードマンの指揮官

ゴプリ

老兵

シャベルト

学者

ヘセント

騎士、シャベルトの護衛

パン吉

シャベルトのペット


ソロン

シャベルトの師、エルフ

ルミセフ

トレビプトの王

ケフナ

内務大臣

 ケフナには息子が一人いたが三十の手前で病死した。孫もおらず、跡を継ぐような者はいない。養子の話が何度もあったが、家名を残すため、見知らぬ他人を自分の子として認めることにどうしても抵抗があった。欲が無いと思われ、王に気に入られ、内務大臣にまで出世した。

外務大臣

ヨパスタ

オランザ

財務大臣

ペックス

軍事顧問

トパリル

情報部

モディオル

軍人

カルデ

軍人

スルガムヌ

軍人


人間

兵士

ダナトリル

国軍、アリゾム山に侵攻。

モーバブ

ダナトルリの家臣。

国軍伝令


兵士

兵士

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