第4章 第4話

文字数 1,539文字

 翌日から俺のサッカー部での練習が始まる。とにかく後一週間で走れる体にしなければならない。焦らずにじっくりと体を仕上げていこう。足元のボールコントロールなんかは問題ない。二歳からボールを蹴っていた俺の足が簡単にテクニックを忘れる筈もない。

 自分のトレーニングをしながらチームの状態を確認する。県内一、二を争う進学校なのでサッカーをする為にこの学校に来るものは皆無だ。故にほぼ全員が『勉強のよく出来る、ちょっとサッカーの上手い男子』だ。

 Jユースどころか、街クラブ出身者も殆どいない。全員が中学の部活出身者である。対する江戸学はほぼ全員がユースまたは街クラブ出身者だ。部活上がりはほぼ居ないであろう。江戸学に限らず高校サッカーの強豪校は大体こんな感じらしい。

 部活出身者とクラブ出身者の大きな違いは、基本技術である『止めて蹴る』の精度である。これはプロの世界でも重要な事である。トラップの精度が高ければ高いほど敵にボールを取られる事は少なくなるしヘッドアップして周囲をじっくり見ることが出来る。パスの精度が高ければ高いほど得点のチャンスは増え味方のボール保持率は飛躍的に上がる。

 今、後輩達を見てみるとーこの『止めて蹴る』技術が決定的に低い。これは後輩達に限ることではなく、この学校のサッカー部員共通の弱点である。
 これでは江戸学との試合ではボールはほぼ支配され、俺がどれだけ孤軍奮闘しようとも結果は目に見えている。

 となると、少しでも失点を防ぐ試合をするには、戦術で勝負しなければならない。それもアジア予選でよく見る、日本代表の相手チームの様な…
 練習後、俺は部員を集めその戦術を説明する。全員が江戸学相手に戦う前から名前負けしており、俺が
「こうすれば勝てるから」
 と説明するとキョトンとした顔になる。
「ケイさん、いや、マジ勝つつもりなんですか?」
「いやいやいや、絶対ムリですってー」
「相手が一年チームでも、ムリムリー」

「って、みんな思って見に来るよな。ボコされるに決まってるけど、まあ看取ってやるか的に」
 全員が下を向く。
「将来の日本代表になる奴いるかも、なんてな。下手したらうちの応援やめて、向こうの応援しだしたりしてー」
 何人かの溜息が聞こえてくる。
「江戸学の奴ら、相手が俺らだからー利き足使うな、ドリブル禁止―とかやってくるかもな」
何人かの舌打ちが聞こえてくる。
「あれな、10点以下だったら走って学校帰れ、とかな」
 何人かの拳が固まるのを見て、

「で。それでいーの、お前ら?」

「ケイさん、なんかあったんすか?」
 練習後、坂崎が真っ先に俺のところにやってきて言う。
「へ? 何が?」
「いやー、ケイさん、変わったなーって思って」
 思わぬ一言に首を傾げる。

「前までのケイさんって、なんか我が道を行く感じで、畏れ多くて近付けないっていうかー サッカーマジ上手いし、イケメンだし、頭良いし、人当たりよくて感じいいしー」
「誉め殺しても何も出ねえぞ」
「いや正直ケイさん居てくれりゃ、どうせナメてかかってくる江戸学の奴らに一泡吹かせられるかなーって感じ? ちょっとでもアイツらをビビらせりゃいいかなって感じで誘ったんですよー」
「おい」
「そしたらさっきのアレ。ケイさんって、あんな風に人の心動かすタイプじゃなかったっしょ、淡々とマイペースって感じでさ」
「へーー。さすがキャプテン。良く人の事見てんじゃん!」
「だからね。なんかあったのかなーって」
「ま、人間二十年生きてりゃ、色々あるって」
「二十年? は?」
「に、二十年、近く、生きてりゃ、って事」
「ふーーん。まいっか。明日からもよろしく頼んますよ! 俺はガチで勝ちに行きたいんで!」
「いいなオマエ。ああ、一緒にやってやろうや!」
「ウイーッス。」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み