第7章 第2話

文字数 2,051文字

 二学期が終わり、冬休みに入る。

 俺たち三年生はここからラストスパートに入る。朝から夕方まで予備校の授業、その後は夜まで自習室。夕食後は深夜まで自宅勉強。二年前はそんな過ごし方だった。

 だが今年は夕方の授業が終わると俺と水月は洋輔の病室に向かう。洋輔は既に車椅子で院内を移動できる様になっており、三人で食堂に向かう。そこで夕食を取る頃には菊池穂乃果や駿太が合流し、時には吉村円佳、小宮、間らが加わり志望校対策の勉強を行なっている。

 俺、水月、洋輔の三人とも志望校は同じ。志望学科はそれぞれ違うが高いモチベーションを持ちながら毎夜白熱した勉強会が続く。

 時折、栗栖先生がフラっっとやってきては、
「但馬。睡眠時間これ以上削ったら意見書書かねえぞ。夜はしっかり寝ろ。お前らも同じ。夜はしっかり寝ろ。十分な睡眠をとることが翌日の脳の働きに関わるんだからな。後、免疫力向上にもなるからな。肝心の受験日にインフルとか洒落になんねーぞ!」

 思わず顔を上げる。
「まさかー、そんな間抜けいませんよー」
 …… いや。その間抜けがお前なのだが、駿太。
「そーゆー先生こそ、ちゃんと寝てます? 目の下真っ黒っすよ!」
 なんてオカン吉村円佳が口を挟むと、
「オメーらガキとはチゲーんだよ!」
 …意外に、ガキなんだこの先生。J Kにガチで言い返してるし。
「クスリ先生。勉強と夕食の邪魔なのですが。」
 と相変わらず人の名前を覚えるのが苦手な水月の一撃を喰らい、先生はブツブツ言いながら退散していく。

 そんなある日。水月と病室に行くのと洋輔がリハビリから戻るのが同時だった。相当疲れた表情だったので、
「どうするこの後。少し休んでからやるか?」
「大丈夫。着替えたら降りて行くから。先行っててよ。」
「わかった。そーする。」

 そう答えたが、何となく洋輔の表情が暗く感じる。リハビリ上手くいってないのか、と考えていると
「洋輔くん… 大丈夫かな?」
「水月…?」
「うん、ちょっと表情暗かったよね。今日は大勢で押し掛けない方がいいのかも。」
「うーん… 逆に大勢の方が気が紛れるんじゃねえかな?」
「気は紛れるかも。でもそれは問題の解決にはならないのじゃ?」
「お、おう… そりゃそうだ… って、洋輔の問題って、何だろうな…」
「親友の貴方になら話すのでは? ねえ、今日は私はこれで帰るから、洋輔くんの話聞いてあげて?」
「そっかなあ。でも。うん。お前がそー言うなら。そーするか。」

 水月を見送り、俺はいつもの食堂に行かずに洋輔の個室に向かう。ちょうど駿太と下で会う。洋輔の事を話すと、
「じゃ今日は俺とお前だけにすっか。円佳達にそー言っとくわ。」
 とグループに送信してくれる。

 二人で病室の前に立つと、中から呻き声が聞こえてくるー 

 良く聞くと、洋輔の泣き声だ…

 洋輔の慟哭なんてこれまで一度も見たことは無い。人前では決して取り乱すことのない奴だった。誰よりも人に優しく誰よりも自分に厳しい奴だった。
 そんな洋輔が、おそらく枕に顔を押し当て呻く様に泣いている様だ。
 俺と駿太は立ち尽くす、こんな時一体どうしたら…

「アイツ… 俺らの前では一回も泣いた事ねえよな…」
「ああ。」
「プライドなんかな? 俺らには弱ってるとこ見せたくねえ、みたいな…」
「そんな奴じゃねえよ。そんなちっちぇー奴じゃない。多分―」
「多分?」
「…わからん。だって、俺は洋輔じゃねえから。」
「……ああ。」
「駿太。同情するな。出来るな?」
「……ああ。お前こそ…」
「…ああ。よし。入るぞ!」
「っしゃー」
「「ウイーす。」」

 呻き声がピタリと止む。布団に包まった洋輔の体の膨らみが小刻みに震えていた。

「ダセーよな。情けねーよな。こんなんじゃ…」
 洋輔が自虐的に呟く。そんなことはねえ、と大声で言いたくなるのをグッと堪える。

「体言うこと聞かねーんだよ。痛くて思った通りに動かせねーんだわ。」
 震えた声で洋輔が呟く。

「…なあ、なんで俺、なの? 俺、なんか悪い事した?」
 駿太の肩が震えだす。それを抑えようと手を乗せるのだが俺の手も震えている。

「どうして… 俺、なの!」
 洋輔が怒鳴る。

「お前らじゃなく、何で、オレ、なのっ!」
 洋輔が憤怒を俺と駿太にぶつける。

「オレ、なの… どうして…」
 洋輔の両目から大粒の涙が溢れ出す。

「辛いよ… 痛えよ… 苦しいよ… ケイ… 駿太… 助けて、よ…」
 洋輔の体に抱きつく。溢れる涙が洋輔のパジャマに染みていく。

「泣け。喚け。全部聞いてやる。」
 駿太も俺の横から洋輔にしがみ付く。

「それしか出来ねえ。だから、いくらでも聞いてやる。恨め。うめけ。」
 駿太がヒックヒックと声にならない声を上げながら何度も頷く。

「だから。話せ。俺と駿太に。何でも。」
 洋輔が俺と駿太を交互に見ながらー 何度か軽く頷きー また嗚咽し始める。

 試合でゴールを決めた時よりも強く抱きしめる。三人の啜り泣く音が病室に木霊する。

 後ろから鼻を啜る音がしたので振り返ると、姿はなく遠ざかって行く足音が聞こえた。
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