第3章 第4話

文字数 909文字

 そんな俺の思いと裏腹に、この世界の現実はどんどん俺にリアルを押し付けてくる。

 月曜日、日本史の授業。先週提出したレポートの返却だ。思い出すと二年前も確かレポートはあった気がする。ABC評価のBだった普通に。思い出した。それが…

「特に優秀なレポートを二つ、皆さんに紹介しようと思います。まずは早乙女君の書いた、鎌倉の円応寺にありました『初江王坐像』についてです。」

 おおーーと感嘆の声が教室を満たす。悪い気はしない。だが、嫌な気がする。それは……

「そして、星野さんが書いた同じく『鎌倉』、そう。鎌倉の東慶寺所蔵の『水月観音坐像』についてのレポートでs…」

 キャーーーーー

 教室は騒然となる。先生、何故そこを連呼されたのでしょうか……

「何だよ、一緒に鎌倉行ったのかよーー」
「二人で仏像見学? 一周回って斬新すぎるデートじゃん!」
「ふ、二人で悟りを開いたんちゃうかーーヒューヒュー」
「つ、付き合ってないって、言ってたのにーー」

 俺は頭を抱え机に突っ伏す。マジか先生……
 ごほん、と喉払いをした後、これでもかと先生はお話を続けてしまう…
「お二人のレポートの共通点はその実直な観察眼だと思います。説明に捉われず思ったまま、感じたままの表現が実に素晴らしい。ところで早乙女君、」
「は、はい?」

「水月観音坐像は、星野さんのように幻想的な美しさだったのではありませんk …」

 きゃあーーーーーー

 受験間近の高三の授業なのに、最早クラス崩壊レベルだ。皆一斉にスマホで水月観音坐像を検索し、先生の言う通りですだの、これは斬新な口説きじゃねーか、とか、お調子者の矢崎香織に至っては机の上でスマホ画像通りのポーズを決めてしまい、
「うーん、矢崎さん、指をもっとしなやかに…」
 などと先生も未知のプレイを楽しんでいらっしゃっている。

 見てはいけないものをそっと見る気持ちで星野美月を振り返ると…… 矢崎と先生のプレイに爆笑していやがる。おい、俺がこんなに苦しんでいるのに… いや、苦しんではいないな。お前のその笑顔があるなら、別に構わないか、こんな冷やかしは。

 二限終了時までに、星野美月が『星野水月』に改名されたことが全学年に周知徹底された。
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