第5章 第13話

文字数 1,275文字

 十時頃水月の家をお暇する。あれから水月の料理をつつきながら四人で色々な話をした。あっという間の時間だった。両親の水月への深い愛情を垣間見れた。

 最寄りのバス停まで水月と二人歩く。俺は里奈のことを全て…は問題があるので、ある程度話そうと決める。

「昨日の、江戸学の子。」
「え? ああ、うん。」
「ゴメン。実は昨日連絡先交換してたんだ。」
「…うん。」
「それで、夕方連絡が来てー サッカー部の上級生に襲われたから助けて欲しいってー」
「…そう、だった、んだ…」
「母親が倒れたーなんて嘘ついた。ゴメンなさい」
「お母様は、大丈夫なんだね?」
「うん。」
「よかった。」
「ゴメン。」
「それで?」

 昼間の蒸し暑さはすっかりなくなり、秋らしい気持ちの良い夜だ。
「それで、彼女の家に行って様子見てたら、母親が帰ってきてーなんかスゲー勘違いされて」
「うん。」
「で。その母親に、この子にその気がないなら、二度と近付かないで欲しい、って言われて。俺は『わかりました』って答えて。」
「そっか。」
「だから。もう彼女と会うことは、無いから。」
「うん。」

 バス停まですぐなのだが、二人の歩みは亀よりも遅い。日曜の夜なのですれ違う人もまばらだ。秋の夜のちょっと涼しい空気を大きく吸ってみる。
「今度さ、ウチで勉強しない? 親にも紹介したいし。」
 ♀亀が歩を止める。そして首を伸ばして♂亀を見上げる。
「それって… いいの? ホントに?」
「うん。ちゃんと紹介したい。親に。だから…」
「うん?」
「もう、お互い嘘つくの止め! 俺も水月にはなんでも話す。なんでも相談する。だから水月も俺にー」
「それは無理かも」

「へ?」
 俺は間抜けヅラで立ち尽くす。
「前にさ、夏にさ、予備校で言ったよね。嘘つく人、ムリだって」
つい二ヶ月前の出来事を思い出す。額と脇にに流れた汗を思い出す。
「あれ、嘘。」
「は?」
「…ケイくんになら嘘つかれても…」
「つかれても…?」
「…他に、女の人がいても…」
「……」

「好き!」

 この子は嘘つきだ。そして嘘をつかせているのは、俺だ。

 思わず抱きしめようと両手を伸ばした瞬間、車のクラクションが鳴る。
「早乙女くん。今日は日曜日だからもうバスは無いんだって。家まで送って行くから乗りなさい。あ、美月は助手席ね。」

 一部上場の食品会社の執行役員である水月の父親の運転で自宅に送ってもらう。
「早乙女くんは、高校生というより、大学生って感じだね。」
 心底ドキリとする。

「落ち着いているし考えもしっかりとしているし。流石、美月の選んだ男だ。うん。」
「ちょっとパパ! やめてよー」
「ははは。さっき君が言っていた通り、受験まではしっかり勉強に没頭して、二人共めでたく合格して。陰ながら応援しているよ。頑張ってな。」
「ありがとう、ございます。」
 家のすぐ近くで車を停めてもらう。送ってくれた礼を言うと、

「美月のこと、よろしくお願いします。」

 俺は運転席の父親に向かい、深く頭を下げ、
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」

 走り出した車が角を曲がるとき、テールランプが五回点滅したのは何の合図なのだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み