第8章 第12話

文字数 1,923文字

 試験結果の当日。俺は一人発表会場に赴き、合格を確認する。

 二年前は喜びを抑えきれずその場で歓喜の声をあげた気がする。その帰り道、今もしている手袋をふと見つめ、唐突に星野美月への想いに気付いたのだ。
 スマホで水月を呼び出す。一回の呼び出し音で彼女の声が聞こえる。

「合格。以上。」
「何それ。おめでと。すごく嬉しい。」
「お前の合格発表、やっぱ俺も行きたい。」
「一緒に、行ってくれるの?」
「うん。行きたい。」
「ん。ありがと。明後日だよ。」
「はは、明日は洋輔の発表。今日から三日連チャンでここかー。ホテルでもとろっかなー」
「そうすれば? ついでに不動産屋巡りでもしたら?」
「バーカ。それは一緒に… したいし…」
「…う、うん…」

 翌日。洋輔の発表を栗栖さんが車を出してくれる。自分で買えばいいのに、またも友人から借りたらしい。
「いらねーよ。維持費とか勿体ねーし。ぜってー買わねえ」

 その言葉は近い将来、ある人物により覆される気がする… 頑張れ、オカン…
車椅子での車の乗り降りは意外にも重労働だ。本人は義肢に慣れたら免許を取り車を乗り回す気満々である。入学式は義肢で出たいと言っていたが、コロナウイルスの影響で入学式は取りやめになったそうだ。それに加え…

「ハハハ… コロナが無くても、入学式は、無理だったみたいだわ。」

 洋輔の受験番号は、残念ながら掲示されていなかった。

 帰りの車の中で俺たちのグループラインに洋輔は努めて明るくその結果をアップし、周りの皆もそれに合わせ明るく労いの言葉を送っている。あれだけの惨事からここまで立ち直ったのだ。誰も悲観していない。むしろここまで頑張った洋輔に尊敬の念を投じている。

 また来年ならばすっかり義肢に慣れている頃だろう。外見からは健常者と変わらずに受験に赴けるだろうー
 俺はそう思っていた、その時は…

 然しながら歴史の歯車は俺の予想を簡単に覆すー

 翌朝。水月と待ち合わせをし、川越駅から電車に乗る。やや緊張気味の水月は普段にも増して無口だ。俺もあまり無理に話しかけず、ただしっかりとその右手を握りしめていた、その時。俺と水月のスマホが鳴動するー

『先程―なんか、補欠合格の書類が送られてきてしまいましてー』

 おっしゃあーーーーーーー
 やったあーーーーーーーー

 二人して、コロナウイルスの影響でガラガラの車内で思いっきり叫んでいた。

「正直に言うわ、水月。俺、お前の結果に関してあんま心配してないから。」
「あなたはそうでも… やはり張本人は緊張するわ。だって…ただこの大学に行けるか否か、だけじゃ無いから…」
「え…」
「あなたと… その… 一緒に… 暮らせるか、どうか、の瀬戸際だから…」

 なんて事言うんだこいつは…それじゃ、もし、万が一ダメだったら、俺たち… そんな事言うから、俺まで一気に緊張してきてしまう。
 
 いやまさか…歴史の流れから言って、その可能性は否めなくなってきた。四月からの生活が水月とでは無く、他の誰か、例えば里奈と共に、と言うオリジナルに沿った展開も有り得なくはない!
うわ… マジで緊張してきた… 自分の発表なんか目じゃない。これほど緊張するのは何年振りだろう… もし番号が無かったらー本当俺たちどうなってしまうのか…

 思考がグルグル回転し同じことばかり考えてしまう。結果発表の会場までが地獄の道のりに思えてくる。

 繋ぐ手が汗ばんでしまう、間違いなく俺の手汗だ。掲示板が見えてくる。項垂れてすれ違う男子や女子がやけに多く感じてしまう。大丈夫だ、信じろ。水月は大丈夫。間違いなく合格している。絶対に受かっている。絶対に!

「ケイくん。お願いがあるのだけれど」
 そう言って水月は俺に受験票を差し出す。

 俺は腹を決め、軽く頷く。水月が俺の胸に軽く寄りかかる。頭を俺の胸につけ、下を向きながら…

 俺は意を決し、まず受験票の番号を確認する。1345。覚え易い。1345。よし。掲示板を見る。大分後ろの方だ。1345、1345… ん? 1345年は丁度水月観音坐像が作製された頃じゃないか、南北朝時代…

 その瞬間に、目に入ってくる

 1345

 水月の頭におでこを当てて、
「四月から一緒だぞ。よろしくな」
 と言うと、水月がハッと顔を上げる。そして俺が指差す辺りを眺め、ハーと溜息を漏らす。そして、
「ねえ。あれから兄が凄く煩いの。説得する自信は?」
「ねえ。だから、二人で駆け落ちだな。」
「そうね。その前に家族に連絡するわ。」
 水月が素早くスマホをフリックする。横からそっと伺うと、こいつ…
『四月から早乙女君と暮らすことになりました』

 そんな刺激的な物言いをするから… 知らねーっと。帰りの電車ではスマホの電源切らせねば……
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