第5章 第9話

文字数 800文字

 これは、一種の『修羅場』なのか? 
 だが俺には疚しいものは無い。何もしていない。のでへりくだること無く事情を説明しようとすると、買い物袋が飛んできた!

「テメー、人ん家でー、人の娘にー、何してんだコラ!」 
 食卓に置いてあった醤油瓶を振りかぶった時、里奈が母親にしがみ付き、
「違う違う! この人がアタシを助けてくれたの! 違うの!」
 と叫び、母娘でしばらく言い争う。

 うわーーー、あるんだこんな事… 小説やドラマの中だけだと思ってた… なんて他人事のように思っているとようやく母親は事態を把握してくれたらしい。

「それならそうと、なんで早く言わないのよ!」
 そんな暇ねえだろが! 思わず吹き出してしまう。
「え? 昨日の人? ああ、アンタにボール当てた… って、やっぱりアンタ人の娘を傷モノにしてんじゃねーかコラ!」
 とキレ始めたかと思うと、
「ま、こうしてちゃんと挨拶に来るなんて、今時の小僧にしては上出来じゃんか。」
 なんて言い始めて。なんだこの上下動の激しさは?

「この子さ、バカじゃん。アホじゃん。アタシに似て。だからアタシみたいにならないで欲しいんだよ、この先。」
 上下動が収束し、俺と里奈の母親は食卓に座り、里奈がお茶を淹れ始める。
「アタシみたいにさ、男に縋って頼って、生きて欲しくないんだ。自分の足でさ、ちゃんと生活して欲しいんだ。来年からは塾にも通わせんのよ。」
 そこで出会うはずだった…

「そんで、短大か専門通わせて、資格取らせて、一人暮らしさせて。だからー」
 里奈の母が俺に向き直る
「アンタと里奈、全然合わないから。生活も、価値観も。」
 俺はゴクリと喉を鳴らす。

「だからー 一緒になっても絶対うまくいかないからー この子に近付かないでくれないかな?」

 お茶を淹れる里奈に聞かれないよう、そっと俺に呟く。

「こんな母親だけどさ、この子の遊ばれて泣く姿や腹デカくして戸惑う姿、見たくねーんだよ…」
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