第6章 第3話

文字数 1,828文字

 それからの俺は『その日』を思い出すことに没頭している。もう二年前の事なので記憶は大分あやふやになっている。それでもノートに記憶の短冊を一枚一枚丁寧に書き出していく。

『その話を聞いたのは予備校から帰った時』

 ここからスタートだ。

 予備校があった、イコール平日の月水金、模試があれば土日。ノートに作った十一月のカレンダーの火木と模試の無い土日に赤で斜線を引く。

『十一月の終わり頃だった』

 気がする。特に根拠はない。なんとなくだ。そしてそれは最後の週という意味ではなく、あくまで『下旬』だ。中旬までの日々に赤の射線を引く。

 その日の翌日、学校帰りに病院にお見舞いに行った事を思い出す。駿太らサッカー部員らと面会謝絶の病室の前で泣き崩れたのを思い出したのだ。
 従って土曜日では無い。

 ここまでで候補となる日は二十二、二十四、二十五、二十七、二十九日の五日間に絞れる。ここからは推測と推理でなんとか特定しなければならない。

 洋輔の行動形態を吟味する。
 バイクの免許を取りバイクを手に入れて以来、洋輔はどんな時にバイクに乗っていただろう。
 学校の行き帰り? あり得ない。塾や予備校の行き帰り? 学校から直行するのであり得ない。買い物の時? バイクでは買い物に行かんだろフツー。となると……
 アイツが言ってた様に、『気晴らし』でフラッと…

 となると、平日では難しい。夜になってしまうからだ。更に、最近寒くなってきたので乗っていないと言っていた。わざわざ寒い夜に気晴らしに出る事はないだろう。
 消去法を重ねていくとー 祝日、または日曜日に辿り着く。 

 二十四日の日曜日。

 この日に辿り着く。あとは祈るだけだ、この日であります様に… は? 何を俺は祈っているのだ… この日に事故ります様に? 違う違う!
 この日に洋輔がバイクに乗りません様に。てか、乗せない。乗らせない。

 日にちを特定したので次に手法を捻り出さねばならない。いかに洋輔をバイクから遠ざけるか。そう。乗らせないには、洋輔をバイクから遠ざける状況を作り出せば良い。例えば今日の様な勉強会を開くのもいいし気晴らしに皆で電車で東京にでも遊びにいくのも良いー予備校をサボって。

 こんな事を毎日考えているうちに中旬になってしまう。未だ具体的な考えは纏まっていない。と言うのは何か思い付くと、果たして本当に二十四日なのだろうか。別の日なのではないか?  と疑心暗鬼になってしまうのだ。

 それにそもそも元の世界での『その日』が二十四日だったとして、この世界でも『その日』が二十四日なのだろうか? 数日ズレているのではないか? などと不信不安のループに入ってしまっている。

 これまでにー俺がこの世界に来て以来―元の世界では無かったイベントが多数あった。水月との鎌倉デート、文化祭の対外試合、里奈宅や水月宅での出来事。
 そして元の世界ではあったのだがこの世界では無いイベント…

 あれ… ちょっと待て… 無いぞ! この世界で無いイベントなんて、無いぞ!
 それならば、洋輔がバイク事故に遭うというイベントは間違いなく二十四日にこの世界で起きる。そう断定しなければ頭がおかしくなりそうだ。

 人知れず悩んでいたつもりだったのだが、
「ケイくん。最近何か悩んでいる、よね…」
 水月には見抜かれていた様だ。
「わかるんだ?」
 無言で彼女は深く頷く。予備校の帰り道。秋の深まりが木枯らしを更に冷たくしていく。

「ゴメン、今はお前に話せない。いつか話せる日が来ると思うーその時には、ちゃんと話す。だから今はー ゴメン」
「ひとつだけ聞いていい?」
「うん。なに?」
「それって… 私の事? 私達のこと?」
「違う。友達のー 洋輔の事。」
「洋輔くんのこと… うんわかった。いつか話してね。それとー」
「ん?」
「もしー人に話したくなったらー真っ先に私に話してね。相当変な話でも受け入れるよ。」
 相当、どころか信じられぬ程に、変な話なんだが…

「例えばー 実はケイくんは未来から来た人だったー とか」

「はあーーー?」
「冗談。冗談だって。きゃは。」

 おい。冗談にも程があるぞ。心臓が止まるかと思った。水月は相当感の鋭い女なんだ。意外な一面に少し驚きが隠せない。
「ったく、妄想力ありすぎ、水月は。さ、行くぞ」
 
 自然に左手を差し出す。えっ、と一瞬戸惑うがすぐに顔を綻ばせ右手を絡ませる。後日水月に指摘されるのだが、俺たちが公式に初めて手を繋いだのが、この時だったらしい。
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