第3章 第11話

文字数 1,584文字

 彼らは出てきた食事に手を付けず店を出たという。なので全員お腹ぺこぺこ状態である。流石にあのガストに戻るのは気が引ける気がするのだが、
「え? どうして? 行こうよ!」
 と言う水月に皆首を傾げながらも「まあいっか」と言うことになり、来た道を引き返していく。とうとうやってしまった… あれ程気を付けねば、と思っていた所謂『歴史の改竄』だ。もう後には引き返せない。と言うかー正直、引き返したくない。元の世界に戻りたくない。

 ちょっと前まではワンチャン戻れたら、という気持ちも無くはなかったのだが。こうなってしまったのなら、寧ろあの元の世界には絶対戻りたくない。このまま水月と、こいつらと一緒の世界を歩んでいきたい。

 その願いが叶うかどうかはわからない。神様だってわかるまい。ならば、今夜からは思いの儘に生きていこう。元の世界に影響が、とか歴史が変わってしまう、とか、もう考えまい。この世界にしっかりと根を張り、したい事をし、楽しんで生きていこう。

 そう思った瞬間から、俺の頭の中から『迷い』が霧散し、明確な現実が目の前にクッキリと現れた気がする。
 その中には当然、まだ席を立たなかったガストの客たちの『うわ、また来た』の好奇の目も含まれているのだが…

「で、みづきはいつからケイのこと好きだったん?」
「そ、それは……」
「聞きてえー、超聞きてー、いついつ?」
「え、えっと……」
「「「ゴクリ」」」
「一年の時に同じクラスになって、ずっと気になっていて……」
「マジマジ、かーーーー、そんな前かー」
「駿太マジうるさい。黙れ。でで?」
「え、えっと、でも…… になったのは…」

 蚊の鳴くような小声になっていき、皆は水月に体を乗り出す。当然俺も…
「一年の二学期の終わり? 期末試験の、現国の時に…」
「「「ゴクリ」」」
「早乙女くんが、『星野さん現国得意だよね、今度勉強の仕方教えてよ』って、笑いながら、言われた時、かな……」

 全く記憶に無い。のを皆に認識されてしまう。
「それは無いよ、ケイくんー」
「まあ、コイツ誰にでも優しいからなあ」
「その手で何人も犠牲になってんだなー 鬼畜系、ウザっ」
「円佳上手いっ 鬼畜系、ウケるー」
「えー、それでそれで?」

「それから、気持ちを伝えようと、手紙を書いたんだけど、何度も書き直しているうちに、二年になって、そしたらクラス替わっちゃって、でまた書き直して、夏休み前に渡そうと思って、放課後早乙女くんの靴箱に入れようとしたら、吉崎香苗の手紙が入っていて、だから渡せなくて、そしたら早乙女くんと吉崎香苗が付き合いだしたって聞いて、なんであの時吉崎香苗の手紙を捨てて私のを置いてこなかったか、すっごく後悔して、」

 皆が唖然として俺と水月を見比べる。ライバル、というか敵の名前はフルネームで覚えるんだ… 俺の下の名前、知らなかったくせに…

「でも秋の中頃には別れたって聞いて、また手紙を書き直して出そうとしたら、瀬川紫苑と付き合い始めたって聞いて、近所の神社の初詣で『早乙女くんが瀬川紫苑と早く別れてくれますように』って祈ったら、一月終わりにホントに別れたって聞いて、ちょっと怖くなってその神社に謝りに行って、そのついでに『三年では同じクラスになれますように』ってお祈りして、そうしたら四月に同じクラスになれて、もうそれだけで嬉しくて、ずっと見ているだけで幸せで、早乙女くん三年になってから誰とも付き合ってないって聞いて、ワンチャンないかなと思って、早乙女くんが通っている予備校調べて、そこに通いだして、でも中々お話できなくて、またその神社に行って『早乙女くんとトモダチになれますように』ってお祈りしたら、中間テストで私が古文で一位取った時に、『星野って古文の参考書何使ってるの?』って話しかけてくれて、それから色々話すようになって……」

 呆然唖然の俺たちなのである……
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