第4章 第7話

文字数 1,527文字

「しっかしスゲーサポーターの数じゃね? 何人見に来てんのかねー」
「サポーターって… 向こうの学校の子も来てるみたいだな。」
「え、どこどこ? 江戸学って女子メチャレベル高いってー」
「おおおー やっぱ東京の子は違うよなあ……」

 皆、いい感じにリラックスしている。

「よし、ちょっと聞いてくれて。向こうはDチーム。全員一年な。ただ、知ってると思うけど数年後プロになる奴いるかも、レベルな。個人技、は。」

 全員固唾を呑む。
「でもサッカーは個人技の種目じゃねえよな。団体種目だ。という事は、個人技よりも集団の意思疎通が勝負に直結する。これはこの一週間でわかってくれたと思う。確かに頑張っても勝てる相手じゃないかも知れない。」

 皆の目の奥に小さな炎が灯る
「アイツらは勝って当然。そんな奴らに、一泡吹かせる。どうだ。最高だろ?」
「よっしゃー」
「やりましょう!」
「ウラー!」

 戦いの準備は整った。

 試合開始のホイッスルが鳴るまでのこの雰囲気は久しぶりだ。ピッチの外にはびっくりする程の観客が来てくれている。親父はいつもの場所、そう、俺の試合を見るときはいつもピッチ中央付近。目が合ったので軽く手を上げる。

 か細い声で俺の名を呼ぶ声がする。振り向くと、水月がゴール裏で皆と一緒にいる。軽く頷くと水月も頷き返す。アドレナリンが湧いてくるのを感じる。

 試合開始のホイッスルと共に江戸学は激しいプレスをかけてきて俺たちがボールを保持することさえ、パスを前方に送ることさえ許さない。経験したことのない圧力にあっという間に守勢に立ち、焦りからくるミスも増えてくる。
 
 開始五分で三本のシュートを受ける。観客から悲鳴が上がる。四本目のシュートは左隅を狙いすました一年生とは思えないいいシュートだ。なんとかGKが弾くがボールは相手MFの前にこぼれ、なす術もなく先制点を決められる。

 決めた本人も周りも全く喜ぶこともなく自陣に戻っていく。
「よし、ちょっとみんな集まれ!」

 味方が俺の元に集まってくる。
「このままだとズルズルやられる。一旦落ち着こう。ボールは俺に出せ。相手のDFラインが高いからその裏に長いパスを入れる。連動してこちらのDFラインもあげる。いいな。まだ始まったばかり。楽しもうぜ!」

 引き攣った顔をしていた後輩達は落ち着きを取り戻す。こちらのキックオフでプレー再開だ。

 それにしても…… なんて上手いヤツらだろう。足元の『止める蹴る』はほぼ完璧。ボールを受ける前にルックアップしてよく周りを見ている。そして、よく動く。まるでクラブチームを相手にしている感じだ。

 こちらはボールを相手陣内に持ち込む事すら出来ない。俺のロングパスでなんとか相手陣内にボールを送りこむ程度だ。ボールキープ率で言えばこちらは15%程度だろうか。

 そして単に『上手い』だけではない。こんな県大会にも出場できないようなチーム相手に、凄まじい気迫で挑んでくる。これはチーム内の自分の立ち位置をよく意識しているからだろう。彼らはDチーム。Aチームまでの道は遠い。少しでも立ち位置をあげるには試合での活躍が必須だ。誰一人手を抜かずにプレーしている。

 ただ、そこに唯一俺たちがつけ込む隙がある。そう、彼らは連携プレーよりも個人技に走り気味なのだ。互いのポジショニングをコーチングすることもない。守備の意識が薄く、俺が俺がと攻撃に邁進しているのだ。

 確かに試合展開的には非常にキツい。だが、なんとか失点を防いでいけば小さな綻びを絶対に見つけ出し、同点に持ち込む事は不可能ではない。そう考えながら、後輩たちを叱咤激励し、相手のドリブルを止め、スルーパスを読み、シュートコースに体を入れ、なんとか前半を一失点で終えた。
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