第5章 第5話

文字数 1,301文字

 泥のように眠って起きると昨日の疲れが嘘のように取れていた。リビングに降りていくと新聞を読んでいる親父が一人食卓に座っている。
「おう、昨日はお疲れさん。」
「おはよう、早いじゃん?」
「お前こそ。今日も予備校か?」
「そ。模試。」

 俺は沸かしてあったコーヒーポットから少し煮詰まったコーヒーをカップに入れ親父の前に座る。
「…… オマエ、コーヒー飲んだっけ?」
 あ…… そう言えばコーヒーを飲み始めたのは大学に入って一人暮らしを始めてからだった…

「今日、模試だし。目覚まさないと。」
 なんてベタな言い訳をしてから
「昨日の試合、どうだった?」
 親父が新聞をテーブルに置き、
「おう。勿体無い。」

「は? ああ、勝てた試合だったってこと?」
「チゲーよ。オマエが。」
「は?」
「大学でも絶対やれって事。一年でトップチーム入れるわ。」
「うーーん… ま、考えとく。」
「ダメだ。約束しろ。でないと学費出さねえ。」
 思わず軽く吹き出してしまう。親父なりの最高の褒め言葉なのだろう。

「それより昨日ゴルフ行かないで大丈夫だった?」
 親父は遠くを眺めるように、ポツリと。
「それな… 昨日『スコア如何でした?』って連絡しても未だに既読スルーされてるわ…」
 よし! 心の中のガッツポーズを隠しながら、
「そんな… たった一回のゴルフで?」
「まあそんな人なんだよ。ちょっとでも、ほんの少しでも自分の意に沿わない事をするとー ま、俺はこの人の元では、これ以上は無理になったわ」

 本当に、本当に悲しそうな表情で親父は吐き出す。
「なんか… ゴメンね」
「ははっ まあでも、オマエのあんなすげえ姿観れたから、もういいわ…」
「出世が?」
「ああ。よく考えたらよ、息子の試合を観に行ったら見放すって、そんな人間についてく事ねえよなーって」
「でも、どっか飛ばされたりされないの?」
「そこまで腐ってない、と思う。ま、そん時はそん時だー」
「そっか。わかった。俺さ、大学でも、やるわ」

 パッと咲いた親父の嬉しそうな笑顔を見たのは何年振りだろう。中学で県選抜に選ばれた時以来だろうか。そして今わかった。俺、親父のこの笑顔が見たくてサッカー頑張ってたんだ!
「父さんの後輩になるのかー 試合見に来てくれよー」
「バーカ。全試合行くに決まってんだろ。あ、それよりオマエの彼女! 昨日もいたのか?」
「いたよ。サッカー観るの好きみたい」
「よし。じゃあ毎試合、オマエの彼女と二人で観に行くぞ!」
「母さんが許すかなー って、息子の彼女に手出すなよ!」
「バーカ。そんなガキに手出すかよ。で、写真見せろ! 写メ! 早く!」

「えーとー、ほい」
 スマホを親父に渡すとニヤついた顔が凍りつき。
「……タレント、なのか?」
「どうよ。可愛いだろ?」
「……これはシャレにならん… 俺一人で観に行くわ… てか何でこんな可愛い子が… こんなヤツに…」
「オイっ。あ、それよりさ?」
「なんだよ」
「車の車検、ちゃんとディーラーで出しとけよ。ケチって安いとこでやんなよ!」
「んだよ、エラソーに。ハイハイ、オマエがちゃんとその子俺に紹介したらな?」
「いいよ。母さんがいる時にな」
「だよなー」

 ここまで上手く行くとは……
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