第7章 第3話

文字数 1,297文字

 洋輔の情緒不安定はどうやら先生にも親にも見せないらしい。あの日から一週間後、再度俺と駿太の前だけで己に降りかかった不幸を思う存分呪い怒り喚く。

 病室を駿太と出ると、栗栖先生が待っていた。親指でこっちに来い、と合図され俺らは先生に続く。

「あれで、いい。とにかく話を聞いてやる。それだけでいい。」
 珍しく先生が褒めてくれる。
「お前らも辛いだろう。サンドバッグ状態だもんな。だろ?」
 俺と駿太は素直に頷く。
「安心しろ。永遠に続くわけじゃない。これから徐々にこの間隔が開いてくるはずだ。今は週イチ。そのうち月イチ。三ヶ月毎、半年毎、ってな感じでな。」
 俺と駿太は素直にウンザリとした顔をする。

「でも、な。但馬にとって、この世でお前ら二人しかいねえから。」
 俺と駿太はハッとなる。同時にゴクリと喉を鳴らす。
「アイツを救えるのは、お前ら二人だ、って言ってんだ。家族でもねえ。恋人でもねえ。ましてや俺ら医者でもねえ。アイツの心を救えるのは、本物の友。俺はそう信じてる。」
「先生。昔なんかあったんすか?」
「昔? 今も、ずっとだよ。大怪我や大病で入院して、見舞いに来るのは最初のうち。そのうち誰も来なくなり、孤独の中で心を閉ざしそして壊れていくー 今まで嫌って言うほど見てきたんだよ。それに… ま、兎も角、お前らだけは俺は信じてるからな。」
「「ウッス」」

 栗栖先生の後ろ姿を眺めながらふと思う。
「あの先生。絶対そんだけじゃねえな。もっと身近な人でそんな事あったのかもな…」
「そーかもな。でもあの人の言う通り。俺は絶対洋輔はズッ友だし。俺の出来る事なら何でもしてえし。お前もだろケイ?」
「バーカ。洋輔だけじゃねーよ。オマエもだよ」
「ホント。オマエマジ変わったよ。前のオマエはさ、」
「お、おう…」
「正直イマイチ信用できなかったわ。」
「… そう、だったのか…」
「でも今のオマエ、サイコー。オマエの言う事、今なら何でも聞ける!」
「そんなら、これからの季節、インフルエンザに気を付けろよ。手洗いにマスク。受験終わるまで、しっかり。いいな?」
「? お、おう…」

 先生はああは言ったが、『親友』の力にも劣らず、『恋人』の力も大きい、俺と駿太はそう思っている。自分の勉強もあるのに菊池穂乃果は毎日― そう、あの日から一日も欠かさず、洋輔に寄り添っている。

 最近なぞ二人で病室でいる姿は長年連れ添った夫婦―知らんけど、の如しだ。ひょっとしたら俺や駿太がいなくても、十分洋輔は立ち直るのでは、なんて思うくらい仲睦まじく二人の時間は流れているのだ。

「んー。ま、いないよりマシかな。」
「は? そんななの?」
 最近は先生に対し、タメ口。兄弟のいない俺には彼は歳のちょっと離れた兄貴の様な存在になりつつある。
「いやー。うん。あの子はよくやってるわ。実によく。」
「… おい… こないだ俺らに言ったアレは、何だったのー」
「バーカ。あの子がここまでとは思ってなかったんだよ! オマエといい但馬といい… 近頃のガキは生意気な…」
「へへっ そーいえば栗栖さんは、いないの? ウチの水月みたいなっ」
「いねーよ。女なんてな、どーでもいーんだよっ ちっ」
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