第5章 第1話

文字数 1,205文字

 診察室に入ると、椅子にキョトンと腰掛けた里奈がいる。一昨年初めて見たときよりもだいぶ幼い感じだ。亜麻色の髪の毛に白く小さい顔。目はぱっちりしており、今日は目の縁取りもなく自然な感じがとても良い。

 山寺先生がさっき褒めちぎっていたが、確かにこうして見てみるとまるで何とか坂のアイドルのようだ。
 先生曰く、レントゲンやCT、脳波の検査の結果、骨折や内出血は全く見られず、若干ムチ打ちの症状があるだけで脳に異常は無い、との事だった。

「えーと、近藤さん、だよね?」
 里奈は恐る恐る先生を見て
「は、はい…」
「お家の人に連絡とったら、コイツの付き添いで帰宅して欲しいって。それでいいかな?」

 里奈が俺を見る。目と目が合う。ほんの数ヶ月前の里奈とは全く違う、ちょっと可愛い普通の女子高生だ。確か元の世界では都内の違う女子校に通っていたはずである。それがこの世界では江戸学の生徒とは……

 もう元の世界とは完全に別ルートとなっている様だ。俺と水月がまさか好き合うこととなった様に、里奈とは全く違う関わりを今後この世界では持っていくのだろうか?

 病院から駅までタクシーで向かい、そこから俺と里奈は先生と別れて都心へ向かう電車に乗る。前の世界では里奈は板橋区の大山に住んでいたのだが、
「り… 近藤さん、自宅はどこなの?」
「東上線の大山です。」
 そこは変わらず、だ。
「ならここから一本だね。送っていくよ。」
「あ、ありがとうございます…」

 なんか変だ。全然違う! 見かけは里奈なのだが、中身が全く違う!

 電車は帰宅ラッシュと逆方向なのでゆったりと座りながら里奈と俺は色々な話をする。特にサッカーの話を…
「ウチ、ホントにサッカー大好きなんですよっ マネージャーやりたかったんですが、ウチのサッカー部は女子マネ募集してなかったんですー だから試合がある時は練習試合でもなるべく観に行ってるんですよ!」

 口調が全然違う… 数ヶ月前までの里奈は例のアホっぽいギャル語で頭悪そうな言葉を連呼していたのに…
「それより…… ホント頭、大丈夫?」

 里奈が大きく目を開き俺を呆然と見る。
「早乙女さん… そ、それはいくらなんでも酷い…」
「…は? え? ああ、違う違う! 俺のクリアボールが当たった頭の事!」
「それはもう全然平気ですよ。でも衝撃でもっとバカになっちゃったかもです。」

 何だこれ… あの里奈がこんな軽快な返しをしてくるなんて…
「そんな事ないって… って、俺の名前、覚えてくれてたの?」
「それはもう。開始数秒で『この人ヤバい』ってわかりましたもん。足元のスキルはウチレベル、サッカーIQメチャ高! 今日はウチ一年のチームだから苦戦するだろーなって。案の定、引き分けですからー ジョーさん激おこぷんぷん丸だったのでは?」

 ダメだ…正直、頭がついていかない。里奈とまさかこんなにちゃんとした会話が成立するなんて… しかもまさかのサッカーの話題で…
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