第2章 第9話

文字数 1,526文字

 国道から少し入ったところに記憶通りのホテルはあった。セルフランドリー完備と謳っている。ここに違いない。だが、問題は…

「正直に言おう。星野、現金いくらある?」
「え、私、えーと、五千円、くらい…」

 良かった。旅の恥はかき捨てだ。男の面目なぞ糞食らえだ。俺の財布の中のちょっと湿った三千円と星野美月に借りた五千円で俺たちはこのホテルに九時まで滞在する権利を買い取った。  
 しかしまさか星野美月とラブホに入ることになるとは……昨夜、若さを三回ほど放出しておいて本当に良かった。

 本当に彼女はこのような場所は初めてな様だ。その挙動が凄まじく怪しい。俺の後ろに隠れつつも部屋を選ぶパネルを凝視し何か独り言をブツブツ垂れ流している。
 エレベーターに乗ると身をギュッと縮め、苦虫を噛んだ様な顔になる。目的階に着き、ランプが点滅する部屋に入る。タバコ臭さが鼻につく。

 部屋の片隅に乾燥機と洗濯機が設置してある。
「よし、まず俺がシャワー浴びてくる。そして洗濯機に服を入れる。次にお前がシャワー浴びて、洗濯機を回す。そんで乾燥。ま、一時間半位じゃね?」
「う、うん… わかった…」

 俺は風呂場に行き服を脱ぎ、シャワーを浴びる。身体から潮臭さが落ちていく。同時に左肩に残った彼女の匂いも落ちていく……
 薄っぺらなガウンを着、洗濯物を抱えて部屋に戻ると彼女はソファーに座りスマホを見ていた。ガウン姿の俺を見ると表情が一気に硬くなる。

 洗濯機に服を放り込み、
「星野、お待たせ。服についた砂、よく落とせよ。」
「うん……」
 そう言って風呂場に消えて行く彼女の後ろ姿を目で追う。

 いつもと異なる不思議な気持ちに頭を傾げる。
 いつもの様な高揚感、具体的に言ってしまえば『性欲』が全く湧いてこないのだ。それは多少のドキドキ感は否めない。だが、星野の裸を見たいとか星野と一つになりたい、具体的に言えば『ヤリたい』気持ちが心にも身体にも具象化してこない。

 気になる女子―― 俺は本当に彼女が好きなのか? 逆にこれまでの経験を考える。今まで他の女子とこの状況になれば、思いはただ一つ、『ヤる』こと、だった。本当に好きでもない女子と『ヤる』ことしか考えられなかった。
 では星野美月の場合――今彼女は全裸でシャワーを浴びている。もうすぐ俺が今来ている薄っぺらのガウンを裸体の身に纏いここに来る。性欲的には最高のシチュエーションである。
 なのに俺は今、彼女の白いワンピースの汚れはちゃんと落ちるのか、そればかり考える。あとは…… 彼女がこの状況に辛い思いをしてないだろうか、心から心配している。

 やがて彼女は想像通りの姿で現れる。部屋の灯りを暗くして有線のBGMをかけておく。彼女は自分の洗濯物を洗濯機に入れ、回し始める。
「星野、なんか飲むか?」
「あ、ありがと… つ、冷たいもの、ある…かな…」
 俺は冷蔵庫を開け、冷えた日本茶のペットボトルを彼女に渡す。あり、がと、と俯きながらそれを受け取る。分かりやすく緊張している。

「洗濯終わったら乾燥機入れてーーあと一時間くらいだな。あの、星野――ゴメンな。」
 星野美月がお茶を口にしながらこちらを振り返る。ガウンのボタンを一番上までキッチリかけている。
「え、何が?」
「いや、こんなシチュエーションに巻き込んじゃってさ。ホントゴメン。絶対、下心とかねーから、安心して。」

 お茶をゆっくり飲み干しこちらを見つめる。さっきまでの哀しいほどの緊張は少しほぐれた様だ。
「早乙女くんが謝ることじゃないよ。逆にちょっと感謝してるかも。」
「は? なんで…」
「すごく、気を遣ってくれてるーー 大丈夫、信用してるよ。ありがとう。」

 ホテルに入ってから初めての笑顔を見せてくれる。
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