第7章 第6話

文字数 1,894文字

 思えばクリスマスに自宅でキリストの生誕を祝う、など初めてである。我が家は子供の頃はクリスマスツリーを飾ったりした記憶はあるものの、浄土宗系の家系でありキリスト教の行事としてクリスマスを過ごした事はない。

 かと言って星野家が純然たるクリスチャンな訳でも無いらしい。口の悪い奴は西洋かぶれ、なんて言うかも知れないのだが。

 とにもかくも、母親に持たされた洋菓子を持ち予備校へ向かう。二年前もそうだったが今年の冬は暖冬で、少し歩くと汗ばんでしまう程の陽気である。しかしながらインフルエンザは既に流行り始めており、外出時のマスクは欠かせない。

 二年前の経験から、既に我が家にはマスクのストックが潤沢にある。仲の良い友人たちにはそれとなく買い溜めしておくよう伝えてある。特に駿太には、
「マスク。薬用ハンドソープ。出来ればアルコール消毒液。絶対春までの分買っとけ。洋輔の見舞いは春まで、だろ?」
「おおお。そーだな、うむ。備えあれば憂いなし。敵を知り己を知れば百戦百勝♫ なんてな」

 授業が終わり、水月と予備校を出る。スマホを弄りながら浮かない顔をしている。
「どうした。なんかあったか?」
「それがね… 兄が仕事終わらなくて、今夜は帰宅が深夜になるって…」
「あれま。残念。」
 少しホッとする自分。
「兄もケイに会いたがっていたのだけれど。またの機会に、ね。」
 そんな話をしながら水月の家に向かう。

 水月の家は川越の高級住宅地にあり、それが当たり前のようにどの家もライトアップされている。水月の家も御多分にもれず、かわいいサンタの人形が淡い光をたたえて俺を迎えてくれる。
 リビングに入るとかなり大きめのクリスマスツリーが飾ってあり、L E Dのライトが綺麗に点滅している。この時期にツリーを間近で見るのは何年ぶりだろうーそんなことを考えていると

「Merry Christmas,Boy & Girl!」

 と流暢な英語で… サンタが部屋に入ってくるーマジかよ…

「いやー、これやらないと、美月がうるさくて。この子が子供の時からのウチの、僕の習慣なんだ。本当はそろそろ光陽にやらせたかったんだけどね。」
 星野光陽、さん。水月の兄であろう。月に太陽か。それにしてもお父さん、サンタコスプレが満更でもなさそうですが…

「でも、本当に仲の良い家族ですね。僕は一人っ子なので、何だか羨ましいですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「星野さん、今日平日ですよね… こんなに早く会社から帰って、大丈夫なんですか?」
 今夜に限らず、水月の父親は夜は大抵家にいる。うちの親父とは大違いだ。あ、でもあれ以来、大体家にいるか… 食品会社の重役は接待などで夜は忙しそうなのだが…

「僕はね、あと僕の部署はね、基本夜の接待など行かないししない。夜は家族との大事な時間だからね。光陽の会社、いや組織はそうもいかないのだろうけど」
「お兄さん、警察関係だって聞きましたが?」
「うん。大学出てキャリア採用で、ね。まさか自分の息子が警察官になるなんて。子育てって本当に面白い」

 キャリア警察官― エリート中のエリートじゃないか! 水月のやつ、ちゃんと話さないから… 父親が重役。兄がエリート官僚。絵に描いたような高級国民一家、というやつだな…
 でも何となく分かったことがある。水月が友達が少なく学校でボッチでも平気な顔をしていた理由― 愛に包まれた家族があるから。

「水月がね。中学生くらいから全然友達を作らなくて、僕らはすごく心配していたんだよ。でもやっと最近、仲間が出来たようで。それも学園一の色男を彼氏にしてさ。この夏からあの子は本当に変わったんだ。学校のことをよく話すようになったし、友人のことも。勿論、君のことも。そのお陰でね、我が家が本当に明るくなったんだ。受験間近だというのにね」
 星野さんの問わず語りが続く。サンタの格好のままで。

 水月は母親と二人でキッチンで大奮闘している。星野さんは殆ど料理をしないそうだ。俺は元の世界の時に一人暮らしをしていたので基本的な料理は何とか作れる。が今見ているようなかなり本格的な料理は作った経験がない。

 七時を過ぎ、ダイニングのテーブルには未だかつて見たことのないクリスマス家庭料理が並べられていた。

「早く君たちも飲めるようになればいいのに。…ホントは飲めるんだろう?」
「ちょっとお父さん! 冗談にもほどがあるわ。酒気帯びで帰ったら早乙女くんのご両親なんて思うのよ!」
「…そうだった… スマンスマン… あ。泊まっていくかい、今夜?」
「受験が無事終わったら……」
「あはは、そうだそうだ。その通りだ」
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