第1章 第5話

文字数 560文字

 試験発表の帰り。ふと電車の中で彼女に貰った青のニット手袋を見つめる。唐突に彼女とのこの半年間の繋がりが思い起こされてくる。

 一緒に行った図書館、予備校の帰り道によく行ったファミレス。模試の帰りに一緒に飲んだコンビニのカフェ・オ・レ。そしてこの暖かい手袋…

 これ程密接に共に過ごした女子は未だかつていなかった、これ程一緒にいるのが普通だった女子は彼女が初めてだった…

 一人ボッチの電車に揺られながら、合格の喜びはすっかり冷め果てていた。そして何かとても大切なものを失った感に苛まされ、手袋の中の手がすっかり冷え切っていたことを今でも鮮明に覚えている…

 何度LINEでメッセージを送ろうと思っただろう、だが今更どのツラ下げて彼女の前に出られようか。あの日以来彼女を避け続け、第一志望に合格しやっと自分に余裕が出来たから彼女に近づこうなんて…

 俺はこの気持ちに蓋を閉め、かつ誰にも漏らす事なく大学生生活に入った。

 その後彼女の消息は誰も知らなかった。元々高校に友人がいなかったので、浪人しているとか地方の大学に通っているとかいい加減な噂しか耳に入って来なかった。そして俺も真剣に消息を追うことは無かった。ただ、誰かを好きになりそうになると彼女の真っ赤な顔と青い手袋が脳裏を掠め、一瞬にしてその思いが霧散してしまうのだった。
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