第3章 第9話

文字数 1,295文字

 歴史の改変だの改善だの、どうでもよくなった。それよりも冷やかされ傷つく彼女に何一つ手助けしてやらなかったことへの後悔、そして、あれ程純粋に俺に恋してくれていることへの歓び。相反する思いに俺の身体は動かないままでいる。

「ケイ、なにボケっとしてんだよ! 早く追いかけろ!」

 洋輔が未だかつて聞いたことのない強い口調で俺に迫る。
 ありがとう洋輔。やっぱりお前は最高のボランチだ。洋輔の最高のコーチングを受け、俺は席を飛び立ち、水月を追って店の外に出る。

 水月は駅の西口に向かってスタスタと歩いている。俺は全力でその後を追う。西口の駅前にかかる歩道橋、ペデストリアンデッキを登り、橋の途中で彼女は歩みを止める。そしてデッキから大通りを走るヘッドライト、テールライトを哀しげな表情で見下ろしている。

 俺はその姿がいたたまれず、声をかけることができない。何も言わずにそっと彼女の横に立つ。
しばらくそのまま何も話さず俺らはただ通りを眺めていた。

「痛い、よね…」
「何が?」
「ファミレスの中で、あんな大声で… 超迷惑だったよね… ホントごめんなさい…」

 俺は水月の愛おしさで胸がいっぱいになる。身体を彼女に寄せる。

「みんなもこんな変な女が早乙女くんにまとわり付くの嫌だよね…」

「星野。俺、」
 水月が泣き腫らした目で俺を伺う。

「嬉しかった」

「え…?」
「俺さ、今まで生きてきて、本気で人を好きになったことないんだよな。高校の時からずっと……」
「…‥?」

「そんで、ちょっといいな、って子がいても、つい星野美月と比べちゃって… 結局誰も好きになれなかったんだ、ずっと」
「そんな、まさか…」
「よくわかんなかったんだけど、高校の時からずっとお前のことが忘れられなかったんだわ。どっかでお前を追い求めていたんだわ、ずっと‥…」
「…‥?」

「で、この夏からずっとお前と一緒にいて、やっとわかったわ」
「何、が?」

「俺、お前のこと、好きだわ。多分、ずっと前から……」

 水月を見る。
 水月も俺を見る。

 大きく目を見開いて、口を半分開けて俺を見る。
 うそ、と呟く。俺は水月から目を離し、蒸し暑い川越の夜を俯瞰する。街を埋め尽くすビルの灯りや車のライトが優しく俺たちを包んでくれている気がする。

 街の喧騒が俺たちを祝福してくれている気がする。
 目を水月に戻すと彼女はずっと俺を凝視したままだ。

「所々腑に落ちないというか、よく理解出来ない部分もあったけど……」
 俺は彼女に今の俺のありのままの気持ちを伝えてしまったようだ。逆に理解された方が怖い。彼女は最高の笑顔で

「私もすごく嬉しい! ありがとう。」

 そして急に真面目な顔になって……

「前から、ずっと、早乙女ケイくんが好きでした。」

 初めて鎌倉で水月観音菩薩を見た時を思い出す。その美しさに心を奪われ立ち尽くしたのだった。そして今。あの像の穏やかな微笑みそのままで俺をじっと見つめる。心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

「幸せだわ。お前に、出逢えて。」

 穏やかな笑みのまま、先程とは全く異なる、一筋の涙が彼女の頬を伝う。

 抱きしめようと一歩前に出た時、背後からみんなが走ってやってきた。
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