第1章 第13話

文字数 2,390文字

 しかし、この日の午後も彼女は巧みに俺を避け、とっとと帰宅してしまった。記憶によると、ファミレスで長話をした二年前の昨日以降、俺らは予備校の後のファミレスが定番となり、たまにラーメン屋、はたから見たら確かに付き合っているような行動を共にしていく。

 一週間後。俺は覚悟を決め、授業終了と同時に星野美月の前に仁王立ちする。

「星野。どうしてもお前と話したい事がある。ちょっと付き合ってくれ。」

 星野美月は俺を全身全霊で睨み付ける。俺はそれでも目を逸らさず、

「頼む。どうしてもお前と話がしたい。」

 やがて星野美月は目を閉じ軽く溜息を付く。
「わかった。」

 そして件のファミレスに二人で向かう。途中、大粒の雨が落ちてくる、しまった、今日は傘を持ってきていない…
「いいよ。入っても。」
 彼女が折り畳み傘を開き、渋々半分こちらに差し出す。

「で。話って、何?」
 お互い半分ずぶ濡れのまま席に着き、オシボリで拭きながら彼女は切り出す
「俺が嘘つきって話。」
 ハアー、と大きな溜息を漏らす。
「それが、何?」
「俺を避ける理由。なんでしょ?」
「…だから?」
「俺、星野に言われて本を読むようになったんだよ、元々本はあまり読んでなかった。友達や親に聞いてくれ、本当だからっ!」
「…そう、じゃ、なくて…」
「え?」
「別に早乙女くんが嘘つきだから、じゃなくて…」

 俺は首をかしげるー へ? だってあの時確か…

「怖くなったの!」
「は? え? えーと…、何、が?」
「早乙女くんが急に私の方を向き始めた、から。あの時までの早乙女くんはサッカーに勉強に夢中で、あと彼女もいっぱいいて…… 私の事なんてまるで気にしてなかった。だよね?」

 思わず頷いてしまう。

「なのに、あの頃から急に私の顔をちゃんと見るようになって… 話し方も変わって… それに、あんなに嫌がっていた本を読み始めて、しかも私の好きな時代小説… 」
 俯きながら上目遣いでポツリと、
「怖いよ…」

 俺はゴクリと唾を飲み込む。
「ちょ、ちょっと待って… 怖いって、何が?」
「あなたの今までの彼女達みたいに、話を合わせて気に入らせて付き合い始めて、そしてすぐに終わっちゃう… そんな関係になるのが!」

 正直、唖然としてしまう。俺のそれまでの女子との付き合いが正にそれだったのだ。俺にちょっと興味がありそうな子に話を合わせ、そして付き合い始める。そして一通りの事をしたら少しづつ距離を開け、その関係を絶ってしまうー

 思わず下を向いて笑ってしまう。
「なんか。良く知ってんじゃん、俺のこと。」
「だって。実際そうなんでしょ?」
「まあ… そうでしたね実際、はい。」
「だから、そんな関係になるのは無理。絶対ムリ!」

「大丈夫。それは絶対、無い。ありえない。だって、俺にとって星野はそういう対象じゃ無いから。」
「え?」
「星野とは… そうだなー、互いに勉強を通じて高め合っていく、そんな『同志』みたいな関係? そーゆーのを望んでるかも。」

 この言葉に一ミリも嘘はない。故に堂々と宣言する。
「星野は俺に読書の喜び? 楽しみ? を教えてくれたじゃん。俺は成長できたよ、マジで。」
「え? こんな半月たらずで?」
 怪訝ながらも星野美月の表情がほんの少し緩やかになる。

 俺は構わず力押しで、
「でさ、俺は星野にマンガやアニメの凄さを教えてやるよ。あとゲームも。」
「何それ? 漫画やアニメ、何が凄いの?」
「星野、英語苦手だよね? 特にリスニングとスピーキング。」
「んん、まあね。」

 確か二年前は秋に話した事を今言ってしまおう。
「星野はアニメ映画は観ないのか? ディズニー系のとか。」
「子供の頃によく観たわ。『美女と野獣』とか。」
「じゃあそれを英語版で何度も見返すんだ。好きな映画なら何度でも観れるだろ? 内容は日本語で分かっているんだから、あとは英語のセリフを何度も何度も聞いて、そして自分で口にしてみるんだ。」
「成る程ね。確かに… わかった、やってみる。」

「あとさ。『ワンピース』って知っているよな?」
「読んだことないけれど。」
「全世界で何部出版されたか知っているか?」
「さあ…」
「一億部、な。」
「マジで? それ凄くない? 世界の七十人に一人が読んでいるってこと?」
「そ。それぐらいさ、日本のマンガ、アニメって世界的に影響力があるんだぜ。」
「ヘーーーーー。ちょっと読んでみようかな、何か…」
「いいぜ、お前の好きそうなヤツ勧めてやるよ。その代わりさ、お前のオススメの時代小説、教えてくれよな。」
「いいねー いい、こういうのいい! なんか、ゴメンね…」
「え?」
「ちょっと勘違いしていたみたいだから。だって早乙女くんモテモテじゃん、女扱い慣れてるし。てっきりそんな女何号かにされちゃうーなんて思ってたよ。」
「だってずっと先まで一緒にいたいんだろ、彼氏できたら。」
「え… 何で…? そんな事話してないよ…」

 しまったーー! 調子に乗って余計なことを… それは二年前に聞いた話でこの世界では聞いていない話……
「バーカ。見てりゃわかるって。星野がそんな軽い女じゃないって事ぐらい。だからきっとそーなんだろ〜なーって。違うか?」
「まあ…そうなんだけど… あーなんかムカつく!」
 いきなりオシボリが飛んでくる。俺はそれを避けずに顔で受け止める、彼女の笑顔と共に…

 夜まで俺たちは語り合う。まるでこの数週間の空白を埋めるが如く。
 会計を終え、家路につく。その別れ際、
「はいこれ。やっと渡せたよ。」
 と俺は借りていたハンドタオルを差し出す。星野美月がそれを受け取った時、指先と指先がそっと触れる。俺の脳から尾骶骨にかけて電流が流れる気がした。夜の蒸し暑さとは全く異なる暖かさを胸いっぱいに感じる。

 令和元年、俺にとって二度目の夏の終わりが近づく頃、星野美月への想いを伏せたまま、俺たちの『同志』としての付き合いが再開された。
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