第3章 第1話

文字数 1,826文字

 月曜日。

 学校が本格的に始動する。下級生達は文化祭の準備に邁進する時期だ。俺たち三年生は受験の準備に更に追い込まれる『地獄』の日々の始まりだ。
 土曜日に行った鎌倉のまとめを昨日やり、今日そのレポートの提出である。あの日星野美月を家に送り、帰宅して夕飯を啜りー

「あら食べてこなかったの? 何も無いわよ。なのに何でこんなに遅かったの? みづきちゃんと楽しかったあ? ちょ、ちゃんと話しなさいよっ」

 と根掘り葉掘りモードの母親を無視して保管されているカップ麺を啜り、シャワーを浴びてベッドに転がり込み…
 全く寝れなかった。体は疲れていたのだが、瞼を閉じると星野美月との一挙手一投足がリアルに思い出され、結局カーテン越しの窓が明るくなるまで寝に入れなかった。

 その後夕方に飛び起きて慌ててレポートを書き始める。ふとスマホを見ると。星野美月からラインが来ていた…

『昨日は楽しかったね。レポート終わった?』
 仏像のスタンプが微笑ましい。
『今起きたとこ。これから頑張りますーー』
 
 スマホを机に置き、ノーパソを開く。そして昨日星野美月と堪能した、初江王坐像について書き始めると、ライン着信音がした。それから俺と彼女は夕食時間を挟み実に二時までトークを続けてしまった。
 勿論、レポートの内容についてが主なので、俺も彼女もレポートはそれぞれ完成していたのだが、途中からは色恋沙汰のトークに嵌り、ベッドに入ってもその余韻で一睡も出来ずに朝を迎えてしまった……

 教室は新学期の授業開始のどんよりとした空気が重い。それぞれがこれまでの人生で最悪の夏休みを過ごしてきたからなのか。またはヒタヒタと近づく受験への忌避の念の表れなのかもしれない。
 どちらにせよ、地獄の夏休みが終わり、我々は更にその深淵に入り込む。高三の二学期の始まりだ。
 それでも教室に入り席に近づくといつもの仲間が笑顔で近寄ってくる。地獄も仲間と共になら……

「レポート終わったケイ?」
「朝まで完徹でー タクは?」
「テキトーにコピペったわー。旬は?」
「俺もコピペー やってらんないって、この時期にこの課題―」
「それなー」

 このクラスは文系クラスなので日本史を必修にしている生徒は多い。その日本史が一限目であり、早速このレポートを提出するのだ。

 山地先生の授業が始まった。二年前は先生の授業に全く興味がなく、教科書を立てたまま別の教科の勉強をしていたのだが、こうして改めて聞くと実はすごい内容を話されている事に気づく。確かにボソボソとした話し方で非常に聞き取りずらいのだが、正直その内容は大学の専門課程のそれに匹敵する内容で、今の俺には貴重な話ばかりであった。

 授業はあっという間に終わり、レポートの提出となる。後ろから回ってきたレポートに自分のを重ね置き、先生の元に運ぶ。

「ほう。初江王坐像ですか。これはキミが?」
 先生は目を開き首を傾け、俺に問いかける。
「はい。よろしくお願いします。」
「拝見するのが楽しみです。ありがとう。」
 先生が軽く頭を下げる。何故か急に緊張してきてしまう。

 小宮卓と間旬、駿太そして洋輔が俺の机にやってくる。
「オマエ、なんか授業、ガチで聞いてなかった?」
「そーそー、ケイって日本史苦手じゃなかったっけ?」
 吉村円佳と菊池穂乃果も寄ってきて
「山爺と何喋ってたん? え、仲良し? え、お達者くらぶ?」
「何だよお達者くらぶって。それよりさー、星野さんって、なんか変わったよねー」
「それなー! なんか表情柔らかくなったってゆーか、優しそうになったよーな。」
「いや、マジで吉田が興奮してたわー またコクってみよーかなって。」
「吉田はあかんやろ。スッゲー良いやつだけど…」

「「「でさー」」」
 皆が一斉に俺を見る。
「ホントは、なんかあったんでしょ? 言いなよ、応援するしー」
「いや、俺は邪魔する! こいつに星野さんは勿体ない! こんな使い捨て野郎に星野さんは勿体なさ過ぎる!」
「それなっ って、ケイには合わねんじゃね? なんか暗そうだしー」

 暗くねえよ。

「いやお似合いだよお、二人とも頭いいしー」

 それな。

「オマエ、勿論ライン交換してんだよな? まさか毎晩トークしてたり?」

 まあな。

「ちょ、え、マジ? 星野さんラインやってんのか?」

 やってるよ普通に。

「オマエ、さっきから何ニヤニヤして…… え…マジ?」
「「「マジー?」」」

 二限目の古文の先生が教室に入ってくる。ニヤけた顔を引き締め、授業に挑む。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み