第3章 第2話

文字数 1,158文字

 昼休みまでに、どうやら全学年に俺と星野美月の噂話が広まったようだ。江戸時代の神田の井戸端会議かよ……

 男っ気の全くなかった星野美月への追求と探求の手は執拗で、いつもは教室でボッチランチを取る彼女は好奇の輪を掻い潜り、何処かへ消えてしまう。

 そしてその好奇は俺の所にやってきて、
「付き合ってるってホント?」
「互いの家でお泊まり勉強って、マジ?」
「予備校で手繋いで授業受けてるって、それ人としてアリ?」

 人の噂も七十五日。我慢の日々…… 待てねえよそんなに! 冬になっちまうだろうが! これはもう、付き合っている事実を公表した方が早く沈静化するのでは、と思わず思ってしまう。って、まだちゃんと付き合ってないけれど。

 その夜予備校の帰り。外の蒸し暑さは相変わらずだ。いつもの良く冷えたガストで、
「いや、参った。」
「私も……」
「既に既成事実化されているのが恐ろしい……」
「ゴメンね、迷惑でしょ?」
「いやお前こそ迷惑だろ、ゴメンな。明日以降、何とかするわーー」
「何とかって?」
「俺とお前が、別に付き合ってない、って事実の…」

 段々声が小さくなってしまう。チラッと星野美月を伺うと、彼女も顔を赤くして俯いている。
「そうだよ…ね。付き合ってなんか… いないし…」
「だよな、俺たちは『同志』だし…」
 と言った瞬間、胸に鋭い痛みを感じる。

 この痛みは胸から腹へ降りていき、俺の気持ちもズルズルと底なし沼に嵌ったように沈んでいく。
 そしてハッキリと気付く。
 
 俺は、星野美月が、好きだ、好きだ。
 
 星野、俺、お前のことが堪らなく好きだ。
 お前は気付かないかもしれない、でもな、
 いつかはこの気持ちをちゃんと伝えるから。
 それがいつなのか、俺にもわからない。でも
 ちゃんと伝えるから。ちゃんと伝えたいから。

「そうなのよね、私達『同志』なのに。どうして周りはこんなに騒ぐのかしら。」
「は? 同志て? は?」
「良く気が付いたわね。小学生まではウケたんだけど…」
「まさかの、オヤジギャグJKかよ!」
「いいじゃない。何が悪いの? オヤジギャグはね、周りにいる人のストレスを霧散させてくれる優れたコミュニケーションツールなのよ!」
「そのせいでお前の周り友達が霧散しちまってんじゃねーか?」
「それは周りが無知なせいよっ」
「いや、オマエのセンスが無いからだ。今度団扇をプレゼントしよう!」
「プッ ウケるー」
「えっ この程度かよっ オマエの笑いのツボ…」

 腹を抱えて爆笑する星野美月。こんな笑顔、というか破顔した様子はかつて見たことがないものだ。彼女の笑う姿は俺を温かい気持ちにさせる。彼女への想いが、益々募る。

「はー、おかしくって血糖値上がるわー」

 んーー、それはやめとけ。でも、まあ、いいか。これ聞けるのは俺だけ、なんだし…
そんな考えは、甘かった。
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